20-c
研究室に行くあづまに付いて行く。
木田がワシ族から預かった小切手と領収書を渡したので、俺も倣った。
あづまは帳面に記入し、木箱に入れた。中にはゴムバンドで留められた紙の束が山と詰まっている。木田が湯を沸かし、あづまはその茶を啜る。
興味深く帳面を覗き見していると、サングラス男は嬉しそうに、
「どれぐらいだと思うかね」
「え? 二千万ぐらいですか」
勘を言うと、あづまは咳き込んみ、
「上物はグラム当たり一万円はするが、半額で売ってやっている。ワシ族九人、ジャガー族二十人。計二十九人。一人月四万円。元ルリカケス族の吸っていない期間を考えて、合計、えー、約三千八百万円なり」
電卓を叩き、あづまは唇を尖らせて熱い緑茶をすすった。
「しかし酋長、現金はまだ受け取っていませんよね」
「そこが味噌なのだ。小切手OKも理由があって、彼らとの契約で二割の手数料を貰うことになっている。金利だ。ということは、えー、まけて四千五百万円なり」
太陽電池の電卓には、長い数字が並んでいる。取らぬ狸の皮算用の気がしてならない。
「しかし酋長、そんな大金、あんなインディアンなんかに返せるんですかね」
「君はルリカケス族にいたのに、何も聞かされていないのかね」
「え? 何をですか」
「インディアン基金のことだよ」
「そういえば、映画を作る時、みんなで金を出し合ったと聞きましたが」
「ルリカケス族に巨大な蛇の石像があったのを知っているだろう」
「ええ、大地の女神、コアトリクエですか」
「あの石像の中に、一億円眠っている」
「ええ! あんな所にですか! でも、何であんなところに……」
「持ち逃げを防ぐためだ。あの石像は相当頑丈だ。金を木箱に入れて、セメントで固め、石膏で形づくっている。あれでは、黙って持ち逃げするのは無理だろう」
「なるほど、それは良いアイデアですが……」
そうか。これを目当てにサングラス男はこんな島に出入りしていたわけだ。
あづまは思い出したように、木田の肩を叩き、
「ワシ族に借金の取立てをしてみたのかね」
「それがですね、あのワシ族の酋長、ジャガー族と一緒に一括で払う、待ってくれの一点張りで。この間、ジャガー族へ小切手を貰いに行った時、ルリカケス族と交渉してくるとか言っておりましたが、さあ、どうなっているのやら……」
木田は首を傾げ、言葉を濁した。俺は二週間も南にいたが、交渉の気配は全く無かった。ジャガー族は代金を踏み倒すつもりなのか。
あづまは湯飲みに髭をつけ、音を立ててゆっくりと茶をすする。
「本当に払う気があるのでしょうか」
木田が不安げに尋ねる。
「大丈夫だ。インディアンは嘘をつかない。約束は守られる。それに三年間も耽ったら忘れられないだろうし、インディアンが現金など持っていて何になる」
そうだろうか。必要ないなら何故すぐに渡さないのだ。
案外強かで、この島から脱出した後の事を想定しているのかもしれない。
俺は恐々と尋ねた。
「酋長、もし、連中が踏み倒したらどうなさるおつもりなのですか」
あづまは両脇から拳銃二丁を取り出した。銃口を俺に向けながら、
「みんな銃殺だ! 嘘をつくインディアンなど、生きている価値などない。金が出せないなら、命を持って償ってもらうまでだ!」
俺は本当に引き金を引くと判断した。その剣幕には、木田でさえ目を丸くし、びびりながら、「その可能性は有ります。どうなさいますか」
「仕方ない。次の議題に上げるしかあるまい。カチ割る道具は用意してあるのだ。あの男を捕らえる際、ついでに石像をぶち壊して金を出そう。最近金回りが悪くてね。奄美の業者がハブ革の買い付けを減らしやがった。チャイルド装置だって特許権を取り商品化されない限り一銭にもならん。そこまで辿り着くためには、まだまだ金がかかるだろう」
茶を啜って怒りを収めた酋長は、紙とペンを取り、何やら書き始めた。
返済額 ジャガー族三千万円。返済額 ワシ族千五百万円。それぞれに三年間に渡る商品の弁済を金銭でして下さい……。マリファナによる快楽の代償は、命よって支払うべきものではありません。担保もないあなた方へ、このままでは強制執行しなければならなくなります……。
あづまは脅迫めいた借金の督促文を折り畳んだ。木田に押しやり、催促に遣る。木田なら般若の面構えが役に立つだろう。
あづまはジャガー族のスケジュール表を手に取り、眺めている。牛肉を食べる日に印がある。久しく肉を口に入れていなかったので羨ましく思っていると、
「片山くん、今晩からジャガー族は二日間の断食に移るようだ。催促に行ったら、ついでに泊り込みで、断食の修行をしなさい」
「そ、そんな……」
「ハブ族の一員となった以上、君は苦しまなければならない」
俺は諦め、「修行を楽しんできます」と手紙をポケットに入れ、研究室を出た。