29-b
地の利が無くなるほど暗くなろうとする頃、ケイコが皆の肩を叩いて囁いた。
「どこかにいるわね」
「いるいる」「おお」「咳が聞こえました」
俺たちは囁き合った。
「誰かが誘き出して、現れたところを襲うしかないわ」
返事が止まった。
誰かがって、誰だ?
まさか火炎瓶を一本持っている自分か?
「それしかない。四人とも沈むか。一人が犠牲になるか」
藤本は悟った声で賛同した。
だが誰がそのリスクを担うのだ? 俺は誘う出す役目など御免だ。
「じゃんけんで決めようかしら」
ケイコはあっけらかんとした声を出した。
運が公平なのか?
そうだろう。やっぱり、それしかないか。
草むらに緊張感が走ったとき、シンケンが低い声でぼそっと言った。
「あんたらじゃ、引っ張り出せねぇ」
シンケンは黒いバンダナを外し、ピンク色のを締めた。日本刀をすっと引き抜いた。鞘を俺に渡し、胸を張って、堂々と歩き出した。
その行動に胸が裂けそうになった。
薄暗い広場に出たシンケンは咆えた。
「先生~ 決着を付けようぜ! 勝負だ~」
護衛隊長が命知らずの叫びを上げたとたん、ライトがぱっと点灯し、高いサイレンが鳴り響いた。同時に、銃声が連発した。
シンケンは「卑怯~」と怒りの声を張り上げ、崩れた。
赤外線センサーが機能したのだ。放心状態で様子を見つめていると、窓からサングラスの顔が出てきた。
あづまは森に向って目くらめっぽう撃ちはじめた。
伏せた俺の頭上を、弾が掠めた。頼みのケイコを見るが、一発も放たない。
やがてライトは消え、薄暗い世界に静寂が広がった。
弓を握る俺の手はねっとりと汗ばみ、撃たれたシンケンの映像が頭によみがえる。センサーが反応してから一瞬の出来事。相手に対する感情も何もない。まるで熱に飛びつくハブだった。
シンケンは一対一での勝負で引きずり出そうとしたのだろうが、相手はそんな情など持ち合わせていなかった。誰であろうが近付いた者は問答無用で撃ち殺す。あづまはあくまで自分の土俵で勝負する。ルールなき殺し合いの世界……。
死神の社から光がこぼれてきた。ブラックルームにロウソクを点けたのだろう。
やがて、狂気の部屋から弾む太鼓の音が聞こえてきた。
「死、死、死……、死、死、死……」
一定のリズムと声で叩き続ける。
ケイコも、藤本も、息を潜めて様子を伺っている。
どちらが有利か。人数ではこちらだが、シンケンが死んだ今、残された弾を考え、あづまではないか。
死神という名の虫が鳴いている。俺は敵の立場で考えた。
あづまは今、包囲されているが、形だけに過ぎない。逃げようと思えば、いつでもできる。罠を仕掛けている可能性も高い。俺たちはそこにおびき出されて殺される運命にあるのかもしれない。だが今は無理だ。赤外線ゴーグルでもあれば別だが、俺とてハブ族にいた。俺の知る限りでは、それはない。となると、今夜はブラックルームで一夜を過ごしながら、明日俺たちを始末するイメージトレーニングでもしながら眠る、というのか。
「敵も出られないわ。明日の朝まで」
ケイコが囁いた。
そうか。赤外線センサー諸刃の剣。相手だけではなく、自分にも反応するのだ。
「ハブ族がなしたことをそのままお返ししましょう」
俺は二人に火炎瓶を出して見せた。
「燻りだすか……。仕掛けは分かったし、戦うなら今だ」
「そうよ。せっかくの犠牲を無駄にしてはいけないわ」
「シンケンがサイレンに驚いた場所」と藤本は広場の中央を指しながら、「あの距離で、赤外線センサーが感知する。ということは、あの距離までは大丈夫だ。だからギリギリまで前進して狙いを定め、正面ドアを出てきた瞬間を仕留めよう」
俺はそう簡単にいくとは思えなかった。奴ならそれぐらい想定していそうだ。
「確かに後ろは断崖絶壁ですが、左右をぶち抜いて出てくるかもしれませんよ。もちろん、赤外線センサーの電源を切って」
二人は沈黙した。
だがこの火炎瓶を投げるしか手がない。他にどうすればいいのだ。