11月も終わりに向かっています。
皆さまの現実はいかがですか?




もう二週間くらい前ですが、
アレサ・フランクリンの伝記的映画を観に行きました。
映画館で音楽を聴こう!的なノリで行ったんですが、
わたしが感じたものは音楽ではありませんでした。



アレサは、黒人解放運動で暗殺されたキング牧師の活動と重なっていました。
黒人解放運動でキング牧師が暗殺されたことは、
わたしにはあり得る展開でした。




でも、この映画の中であり得ないと思える流れが見えたのです。
アレサが牧師である父親に会わせるため、
付き合っている男性を家に招くと、
激昂した父親は衝動的に銃を取り出して彼を撃とうとしたのです。
周りのみんなが止めたので銃を放つことはありませんでしたが、
このシーンから直ぐに連想したのはマーヴィン・ゲイでした。
マーヴィンは、牧師である父親と口論して、
その牧師である父親に射殺されたのです。




牧師ってこんなに凶暴なの?
従順な子羊でなければ、
同胞でも、ましてや家族でも、
まるで差別的な白人が黒人に対してするように、 
排除(射殺)してしまうの?
イエスマンでなければ排除して良しなの?




そんなことを感じてしまいましたね。
そして流れてきたアメージンググレースがトドメ。
その歌詞に唖然としました。




わたしのようなものまでも救ってくださる



映画ではもっと“自虐的”な和訳でした



これまでは気にしていなかった違和感を強く感じました。
あぁ、宗教って刷り込みだわ…



これ以上は言葉にしませんが、
今のわたしにはもう、尊い言葉には聞こえません。





ジョン・レノンがイマジンで歌ってる、



No religion too

宗教もない



平和には宗教は要らない。
それが見えて、聴こえてきます。
音楽を聴きに行ったはずが、
聴こえてきたもの、見えてきたものは、
もう同じようには見えていない自分、
聴こえていない自分でした。




わたしのように価値観が変わった人、
現実の見方が変わってしまった人が多いから、
これまでの世の中は変動しています。
マトリックスが崩れているのです。
自分の在り方次第で現実は変わるのです。
集合意識で世の中は変わるのです。
今がその変わり目です。