貴方がフォーカスする接点は、体験を通して少しづつ違う場所へ移動していますから、それによって好きな物や気に入る物が変わってくるようになります。




コロコロ変わるという感覚を、最近わたしも感じています。
それは最近のことだけではなく、遠い過去の体験が、
全く違う視点から見えてくるという感覚でもあります。








このナンバーは10年ほど前によく聴いたアルバムの中にあって、
昨日またYouTubeでオススメに上がってたので久々に懐かしく聴きました。
拍のことはよくわからないけど、
このテンポが心地よいんですよね〜




もしかしたら砂漠?海の底?
ここはいまきっと
世界の一番果て
ラクダにもサカナにもなれないから
時々息の仕方を忘れる



こんな体験をしたことがわたしにもありました。
傷心というやつです。



ああ今なら言える
ああこんな小さな
プライドに乗って
どこまでも離れ離れ
君に会いたい




確かに相当衝撃的な出来事で引きずりまくって、
半年後には仕事を辞めて、
海外まで飛んで引きこもりました。
でも今振り返って、じゃあまた彼に会いたいと思ってたかと思った時。
わたしは完全に彼を拒絶していたなと気付いたのです。



自分の反応が彼の望み通りではなく、
動揺した本心とは裏腹に平静を装ったこと。
それで破局になったというオチで。
その時の自分の反応に対する自責の念が半端なくて、
どうして取り繕ってしまったんだろうと自己嫌悪が酷かった。
自己否定と罪悪感まみれの反応でしたね。



彼に会いたいという気持ちはなかった。
いや、彼にはもう会いたくなかった。
彼に対して残ったものは拒絶感だった。
嘘も方便に対する拒絶感だったのです。



ドン引きしたんだよと、わたしの中から聞こえて来ました。



そして、その体験に対して自責も他責も要らないこと。
そこに根を持つと、その根がやがて枝葉を形成して花が咲くと。
根に持つってそういうことだなと見えてきました。



要るものと要らないものを仕分けるために体験しただけ。
そういう捉え方をするようになってる今日この頃風鈴