わたしたちの遺伝子は、意図的にオフにされてるものがあるらしい。
わたしたちを創造した主が、自分たちの都合のいいように、
遺伝子操作をしていると。
本当はもっといっぱい使える能力があるのに、
意図的にスイッチが切ってあるそうな。
今のわたしたちからすると、「超」が付くような能力の数々。
そうやってずっと見聞きしてきたんだけど、
今日はふと、こんな風に思えてきた。
携帯電話を契約した時とかと同じことか、と。
最初、訳わかんないような色んな契約がしてある。
初月無料とか、二ヶ月無料とか。
で、それをきちんと把握して、要らないものは解除しないと、
不要な基本料金が加算されて払うことになってたりする。
提供する側の都合のいいようにデザインされてて、
気付いた人は解除して払わない、気付かない人はいつの間にか払わされる。
最初に説明してサインもらいましたよね?ってノリ。
わたしたちの遺伝子も、こんなノリでONとOFFが設定されてるわけだ。
ただ単に、提供する側の都合で設定されてるのだから、
それに気付かない内はその設定でやってきたけど、
気付いた時点で設定を「カスタマイズ」すればいいわけだ。
気付いたら申請して変更する。自己申告する。
自分好みにカスタマイズする。
与えられた設定をそのまま使い続ける必要なんてない。
そのまま使い続ける選択もあるけど、
カスタマイズする選択も当然のようにある。
そんな風に思えた。
な~んだ、そういうことじゃん。
自己申告すれば設定変更できるんだよ。
これまで知らなかった便利な機能を、使えるようになるんだよ。
使ったことない機能だから、使いこなすのに手間はかかるだろうけど、
使ってる内に慣れるんだよね。
使わないことには始まらないんだよね。
O脚矯正を始めてまだ五日目だけど、
これはわたしにとっての型。ワークだ。
よく言うワークって超が付くくらい苦手。
でも、わたしはこの「型」でフラクタルさせる。
O脚矯正は、本来のわたしにはなかった歪みを手放す。
後付で付加された、わたしのものではない周波数を手放す。
それを意識しながら、実行を繰り返してる。
実はこの時に、姿見の前に立って、口角を上げた自分を見てる。
いい顔してんじゃん。その顔いいよ。
自分で見ててそう思う。それを一分間。
最初の二日は、外を歩く時に口角を上げるのは不自然なように思えたのに、
三日目からは自然になった。簡単に上がるようになった。
O脚矯正はエサで、こっちが本命のような気もしてるくらい。
本来のわたしに「戻る」ための集中ワークは、
有限を解除して無限に「戻る」ためのセルフワーク。
ハイヤーセルフと共同創造した聖なるワークだと感じている。