一昨日、煮小豆に飽きて「煮小豆だけ」から離脱しました。
昨日は玄米小豆ごはんと生姜味噌、玉ねぎ漬けや枝豆、
ミックスベジタブルなど料理とは言えない素材と、
コーン茶、生姜紅茶など様々なものを摂りました。




そして寝る前、小豆をポットに仕込みました。
500mlのステンレスポットに小豆を120mlと熱湯を注ぐだけ。
それで朝まで放置しておけばもう食べられるくらい煮えてます。
先ず煮汁だけを抜いてから小豆を器に出しますが、
一日休んだだけなのに、すごく美味しく感じました〜




やっぱ美味しいじゃん、煮小豆!




そう思っても、120mlの小豆を全部は食べきれませんでした。
100mlくらい食べて、残りは夜の玄米小豆ごはん用に。




飽きたら一旦終了のお知らせなんですね。
嫌いになったわけではないんです。
ただ、美味しいと思えなくなるだけ。
一日一食の煮小豆だけなら断然イケます♫




小豆1㎏を完食するまでは集中したいと思います。
昨日は、体質がよく似てる父にも小豆摂取の毒出しを、
紹介されてる本と一緒に勧めて来ました。
コーン茶もお裾分けして一緒に飲んで来ました。
久々に奮起してるように見えました^^




そこから、これまでとは違う視点になりました。
長く続いていた父の不定愁訴を改善することが、
実は施設に居る母を家に帰す近道だなと思い始めました。
ずっと母のことを優先して来ましたが、
父が抱えている不定愁訴が消えれば実家は落ち着くなと。




両親にはずっと自立して、年寄りの自由を満喫して欲しいと思います。
年寄りになったから子に従い管理されるなんて、
不自由この上ないことだと思うのです。




年をとれば不自由になるなんていう
【マトリクス】から引っ張り出します。




年を重ねたからこそ、死ぬまで自由気ままに過ごして欲しいです。
わたしの現実はそれでいいのです。
世間一般の、誰かのマトリクスではなくて、
わたしオリジナルのマトリクスはそれでいいのです。