秋の気配に包まれてようやく、
暑かった夏が追い風だったことを実感している。



その追い風のお陰で手放せたものがあるし、
新たな境地に達している。



前回の日記でも書いたように、
わたしがここにブログを書き出した最初のテーマが、



【死を通過しない生まれ変わり】



これは20世紀の内に構想していた。
そして、公園のゾウさんすべり台に、
落書きのようにして【かのう】という返事をもらっていた。



あの時点では手放せずに引き受けた役目を、
この夏で手放せるまでに完全燃焼させた。
不完全燃焼を完全燃焼させるだけの夏を引き寄せた。
そして手放した。



何度も手放そうとしては頓挫していたけど、
今度はもう、ブレーキという抵抗は現れなかった。



その選択をシルバーウィークにはしていたのだけど、
今朝、新しい境地からその選択を捉えた。
これまでのわたしにはなかった捉え方がフッと湧いた。



それからは、何で今までこんな風に思わなかったかなって感じ。
どんだけ義務感に縛られてたんだよって。
そのくらい違う位置に来れた。



自分のものではない荷物を手放すという選択は、
以前からすると驚くほど容易になった。
何でもなくなった。



【嫌われる勇気】はメキメキと成長している。
因みにわたしがアドラー心理学を知ったのは、
トランプ大統領が就任した直後。
あの頃から比べてもわたしは激変してる。




ルンルン