これについてもう一つ書いてみます。
恐怖の周波数に同調がないと、
きれいに弾かれるというアレンジの一つです。



十年ほど前、三人掛けの長机で受付業務をしていました。
そこに、あれ?この人よく知ってる顔だけど誰だろ?
という見覚えのある男性が現れて、
わたしの頭の中ではフル回転でサーチが始まりました。



男性はわたしの前に座り、わたしは受付を進めながら、
その男性についてと、その男性がする話に集中していました。
受付が終わって男性が帰りました。
すると、他の二人の受付の女性が話し出しました。
怖かったね〜と。



何のことかさっぱりわからずに聞くと、
わたしが見覚えある男性の受付を右端でしている間に、
別の男性が左端に来て座り、ペンを投げ飛ばしたり凄んだりしてたそうで、
真ん中に座っていた女性も怖くてしょうがなかったと。
それがわからなかったなんて信じられないと。



二つ隣の席がそんなにも緊迫していたというのに、
わたしは全くそれを感知していなかったのです。
目の前にいる男性のことに集中していた、ただそれだけで。



これは本当に不思議な体験だったと思っていましたが、
恐怖の周波数から弾かれるという際どいアレンジの一つだったなと。



恐怖の周波数に同調がないということは、
こんな風にも体験を分離して行くのです。
たとえ三人掛けの長机に並んで座っていたとしても、
全く違う現実を体験するのです。
全く違う周波数を体験するのです。



全然気づかなかったと言ったら、
薄情だと言われた記憶がありますが、
こんな隣り合わせの際どさなんてもうあり得ないでしょう。