昨日だったか、ふと30年ほど前の出来事を思い出し、

それまでとは違う新しい意識になった。
わたしは金融機関の後方事務をしていたのだけど、
入社三年目くらいの若手営業マンが持って来た金銭受領書を処理していた。
顧客の預金を引き出して客先に届け、
顧客から金銭受領書に印鑑をもらってくる。
その印鑑の印影が保管されているから、
それを照合して一丁上がりになる。
が、その時印影が合わなかった。
当たり前の様にわたしは「この印鑑じゃないですよ」と営業マンに返す。
別に珍しいことじゃないから。
みんな印鑑をいくつも持ってるし、勘違いもあるし、
ただ「この印鑑じゃない」と反応しただけだった。
なのに、その営業マンは食い下がった。
これしかない、これだと言い張って引かないので、
仕方なく管理職にかくかくしかじかと報告した。
実はそれが、不正だった。
ノルマを達成するために、預金の多い顧客から引き出して転用していた。
転用するために引き出したというわけだった。
結局、苦肉の策は印鑑相違で未遂に終わり、
その営業マンは解雇になった。
温厚で甘いマスクで、優しい語り口の人当たりのいい人だった。
わたしが撥ね付けたことでそんなことになってしまい、
何だか後味が悪かったのを覚えている。
手柄だなんて思えない、貧乏くじを引いたような出来事だった。
でもそれが、違う角度から見えてきた。
あの温厚な営業マンを、あそこで解放してあげてよかったのだと。
あんな業界には不向きだったから、サッサと足を洗わせた方が良かったんだと。
一度正社員雇用されたら、なかなか辞められないのが普通だ。
周りは頑張れとしか言わない。
不正を働いてまで成し遂げようとした真面目さは、
わたしによって却下された。成就しなかった。
上手く行かなかった不正は幸いだと思える。
成就させないのが一番。見過ごしてはいけないのだ。
あの営業マンは、悪に染まることから弾かれた。
見逃すことなく解放してあげたのだと思えるようになった。
救済したのだと思えるようになった。
それが今、セットし直すべき定義だったと思える。
