5/22の夜、いつもyoutubeで聴いていた二時間超のボサノバチャンネルから、
心地よいと感じていた4曲だけをシングルで購入、
ダウンロードしてずっとリピートして聴き浸っている。
そのせいで、その後の現実化が同じく心地よく展開してきた。




そして今日、何だか『怒る』という感情を忘れてしまったように感じた。
『怒る』という感情が自分から離れている、
分離したというか、一体感がない、外のものに感じた。




たった今、ここに書く言葉を選んでいる内に浮上してきた過去があった。



「〇〇さんて、怒ったりすることなんかないでしょ?」



そんな風によく言われた。
その内に、それは不足しているもののように思えて、
取り入れるようになった。
人並みになるために。




ディベートというものが、いかにも先進的であるように仕向けられ、
それを身につけている人たちが持て囃されてアイコンになる。




そんな世の中があった。
そんな世の中に住んでいたことも記憶としてあるけど、
もう、映画の中で観たことがあるだけの話に思えてきた。




もしかして、まだあんな世界に住んでいる人がいるのだろうか?
あの殺伐とした混沌の中に。




一度は引っ張られたけど、もう我に返って戻ってきた。
そしてもう引っ張られることはない。
再選択することはない。




そんな感覚を覚えたという今日を、ここに記して置こう。




ベル