昨日の夜にシャワーを浴びながら、ふと思った。
12:12のゲートを潜る前の晩から、
シャワーヘッドを上段にセットする手放しスタイルが、
そのままずっと当たり前に続いてるなぁと。
それまで何十年もそうじゃなかったから、
それが一瞬で当たり前になったことを思った。




それって、もしかしてわたしの回転方向が反転したとか?
ふとそんなことが浮かんできた。
あの日からわたしには反転が始まっていたとか。




一昨日に見つけた万年筆を、メンテナンスから引き上げて昨日使い始めた。
最初はなかなかインクが出ないし、出たと思ったらまた切れるしで、
手を汚しながら、キャップをはめて振りながらのガタガタ走行だった。
それが、何時間か開けてまた書き出したら、
インクもよく出て書きやすくなり、やっと通常運転になったって感じ。




これってきっと、目覚め始めたわたしたちのシンクロだろうと思った。
ガタガタしながら思い出し思い出し走り出したものの、
戻ったり止まったりなかなか滑らかに走れなくて、
それでもようやく通常運転モードで走れるようになったかなと。




万年筆の出現と復活にそんなことを思った。




そして昨日、これまで全く違和感を持たずに続けてきた日常スタイルに、
じわじわと違和感が湧いて来て変えようと思った。
よくこんな古臭いスタイルを続けてきたものだと、
気づいてしまったら苦笑いする習慣。
人から見たらすぐに目につく古臭さが、わたしには普通だった。
自分と同化していた習慣の外に出られたってことだ。




ない。は思い込み、幻想で、
ある。が現実。




思い込み、幻想を無効にして、
わたしの現実を体験する。
誰に従う必要もないんだよね口笛