昨日の出来事について、今日になって気づいたことがある。
それは、エネルギーの整合性。
わたしの中で確立していた、隷従しないという意識が、
疑念に満ちた行政システムに隷従しないためのすべてを揃えた。
隷従しないで対応するために必要なものが、
直面するまでにキッチリと揃えられた。
前日の帰宅時に見つけた不在配達連絡を、
駆け込み申請して当日中に受け取っていた。
実は頼んでいたチョコが送られてきたと思っての駆け込みだったけど、
よく見たら違っていてがっかりした。
でもそれが、翌日隷従しないためにとても重要なものだった。
だから、駆け込んでまで受け取る必要なんてなかったのにと思っていたけど、
勘違いして駆け込んだことも必然だったと気づいて感心した。
エネルギーの整合性ってスゴイなと。
疑念のシステムに隷従しない。
二週間前の進路でも、同じことを経験したのを思い出した。
このシステムをクリアするなんてあり得ないと思った。
そしたら、それを速攻でスルーできる進路が飛び込んできた。
この二週間前の進路の時点では、エネルギーの整合性なんて見えていなかった。
二週間後に同じような体験をツアーして、
その翌日になって見えてきた。
まだ、隷属、隷従意識が確立してはいなかった二週間前。
隷従をスルーした進路で意識することになった隷従しない自分。
その意識が確立されてからツアーした疑念のシステム。
二巡目で強烈な疑念姿勢に二時間も、隷従することなく粛々と対峙した。
そうするだけのエネルギーが揃っていたから。
隷従という選択肢を消せたら、心地よい選択肢が向こうから飛び込んでくる。
頭の片隅にずっとあった行政システムを切り離すために、
こんなチャレンジを生み出したのだよ。
だからもう終わった。
このチャレンジから解放されよう。
気づいたんだからもう解放されたも同然。
例の如く、祝杯を上げちゃおう