さて。
季節は今から夏本番ですが、ファッション業界は、A/W、いわゆる、秋冬物のコレクションの発表です。
ご覧になりましたか?!
サカイの美しいこと!
○○○でナンパしてご奉仕したいっつーなら、これくらい買ってくれ!
はっ。失礼。
美しさに灰を落としてしまいました。

ランウェイから、まだストリートや市場に降りてくるまでのタイムラグがあるとはいえ、わたしも、もう、A/W仕様で、アクセサリーづくりを、今更ながら開始しようかと。
いや、やっと、構想が固まったんで、作業に移れるんです。(笑)

アイテムはニットと、ファーと、フェザーと、プリザーブドフラワーで。あとはいつものレース。

こんなん、どこに!だれが?なモノが出来上がると思いますが、それはコスチュームアクセサリーというべき呼称でお見逃し頂きたい。
少なくとも、来月4日には、北九州芸術劇場にわたしがつけてゆきます。

見つけてしまったら、こいつだったのか!と、刺さずに、優しく話しかけて下さいね☆

しかし、篠原ともえちゃん、凄い!!








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思い出したことがある。

パトリス・ルコント
"髪結いの亭主"

山田詠美
"24・7"

蛇足ではあるが、前者は映画で、後者は小説である。

前者は、少年が老いてからかねてからの夢である、若くて美しい髪結いと結婚をする。しかし、新婚というのに、幸せの絶頂で髪結いは自ら命を絶つ。

後者は、主人もおり、歳を重ねた女性の主人公が、独占欲に駆られた若き恋人に諭すために言う。
「体はお菓子のようなものよ。
心はパンのようなものよ。」

当時は共に10代に観て、読んで、雰囲気でわかったような気になってはいたものの、実はさっぱり理解できていなかった。

なんで、幸せなのに、死ぬ必要が?

なんで、お菓子とパンなんだ?

そして、今わたしは30代だ。

時間や、恋愛感情は、瞬間の堆積であって、非永続的なものであるということ。
だからこそ、甘美で刹那であるということ。
だからこそ、失うことが、恐怖に充分なりうること。

純粋で正直なのは、それ、を包む皮膚や、身体だということ。
だからこそ、求めても、求めても、渇望してやまない感情こそが、肉体のみならず、その内側に潜む、それ、だということ。

ああ。
体験したり、経験を重ねて歳をとって、ようやく、理解できることもある。
この2つのストーリーも、それらのなかの大切な思い出と、ファクターになって、今日もまだまだ稚拙なわたしを動かす。




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今日の夕食時、恋人と、喧嘩をした。
うちでは、食事は全て恋人が作ってくれるのだが、ごはんが多いから箸をつける前に、釜に返したい、と、言うと、もう、米は一粒もないから駄目だと言われ、…少し食べるのを手伝ってくれないかと言うも、却下、逆におかずをプラスされて、わたしは、ぼんやりと困惑していた。

瞬間、お皿毎、二人分の食事は彼の手によって、けたたましくダストボックスへ!!!

信じ難い有様に、ひきつりつつも、硬直。ぼんやりと相変わらず見えたのか、むしろ、ぶすっと見えたのかも知れない。

恋人が眠ってしまったので、後片づけをして帰る。

タクシーは、わたしにとって、高いし、運転手は喋るし、いいことがない。占いで、金運最高とか書いてたじゃねぇかよ、と思いつつ、家路にたどり着く。

そこへ電話だ。

ひとしきり罵りあったあと、
「最近、ごはん、あんま、食べないから、心配して言ってるんだから、愛なんだ。嫌なら残せばいいんだし、わたしの残したぶんくらい食べれるから。」
わたしにとっては、箸をつける前に、進言するのが気づかいだった、でも、作った側からしたら、箸をつける前からそんなこと言うなんてということらしい。

「だれも、傷つけたくないって、頭でわかっていても、それを実行するのは意外と難しいんだ。
世の中には愛が溢れてる。
とびだしちゅうい、だって、とまれ、だって、あれは愛なんだ。
自分だって、それに気づけば、自分なんてとか思えないはずなのに。」

と、泣きながら言われた。

さすがに、ああ、って、気づいた。
わたしは、自分がすきじゃないから、ふつうのひとよりさらに、そういうのに鈍いな、と、悪く思った。

ラジオから、what a wonderful worldが、図ったように流れてきた。
宇宙人ジョーンズはいないけれど。


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