独言 gig from チドリアシ
どうも、どうも。
今、気づいたんですがこのブログには「独り言」なるカテゴリーが存在したのですな。ということは我々はかなり昔からツイットしていたということになりますね。先進的だなぁ。
そう。僕もmixiやらblogやら、私的な日記やら、訳が分からない状況になっています。自分の中での棲み分けはできていますけれども。こういうものがなかった時代、昔の人はどうやって時間を使っていたんだろう。ラジオをつくったり、アマチュア無線したりしてたのかしら。
昔出会ったバス運転手がこんなことを言ってました。「俺も今みたいな時代に生まれて携帯使ってれば、がんがん女の子はべらせてたのにな。俺の青春!」通信・意志の伝達という意味では、たしかに便利になっているなと実感しています。多分、自分はこの時代に生まれていなかったら、もっともっと寡黙な人間になっていたかもしれない。分析すると、かなり仲のよい友人たちの大部分も、メールでのやりとりを媒介にして関係性を構築していたのだなぁと思います。浪人時代・川崎時代(あとロシアの寮)は例外で、ああいう経験がまたできたらなと思っています。
早朝のひとりごとでした。
今、気づいたんですがこのブログには「独り言」なるカテゴリーが存在したのですな。ということは我々はかなり昔からツイットしていたということになりますね。先進的だなぁ。
そう。僕もmixiやらblogやら、私的な日記やら、訳が分からない状況になっています。自分の中での棲み分けはできていますけれども。こういうものがなかった時代、昔の人はどうやって時間を使っていたんだろう。ラジオをつくったり、アマチュア無線したりしてたのかしら。
昔出会ったバス運転手がこんなことを言ってました。「俺も今みたいな時代に生まれて携帯使ってれば、がんがん女の子はべらせてたのにな。俺の青春!」通信・意志の伝達という意味では、たしかに便利になっているなと実感しています。多分、自分はこの時代に生まれていなかったら、もっともっと寡黙な人間になっていたかもしれない。分析すると、かなり仲のよい友人たちの大部分も、メールでのやりとりを媒介にして関係性を構築していたのだなぁと思います。浪人時代・川崎時代(あとロシアの寮)は例外で、ああいう経験がまたできたらなと思っています。
早朝のひとりごとでした。