なべ gig from チドリアシ
どうも。お久しぶりです。最近、「どうも、僕です」というのを某所で勝手に拝借している我輩です。偶然にも周囲で「どうも、おいらです」と文頭につける人がいるんですが、これ元ネタがあるんでしょうか。本日、記事を書いたのには二つ理由があります。「分母分子論」とは一体なんのことやろか、という点。もう一つは『おだやかな死』の感想ですね。
ナイアガラーの灰猫さんですから、きっと大滝詠一氏の「分母分子論」をご存知でしょう。通っている専門学校の講師もナイアガラーのようで、以下のような図式を元に都市論の授業をしたそうです。ただ、昔に行われたものなので我輩には詳細が分からんとです。ばってん、彼は自分に対してある種の敵対意識をもっているようなので安易に質問ができないわけであります。皆に嫌われちゃうんですね。年上に敬意を払わないから。ま、そこは置いておいて、以下が図式であります。
分母分子論いずれ、大滝氏の著作は読むつもりですが、まず我輩にも分かるよう上記の図式の意味合いを教えてもらえますかな。灰猫さんの解釈でも結構です。
次は、『おだやかな死』について。サルトルが「シモーヌの最良の作品」というだけあって、非常に読み応えがありました。読みはじめたら、あっという間でした。まるで人間の生、或いは死のように。病室にあるあの特有の雰囲気、病人の放つ死臭、身内として彼・彼女を思いやる気持ちの一方、一般的なモラルと格闘する個の内面が見事に描かれていますね。自分が祖父の死を看取ったあの一連の出来事を思い出さずにはいられませんでした。そういう意図で、これを貸してくれたんですよね。どうも、ありがとうございました。一体、何が’おだやかな死’なのか。末期のガン患者を目の前にした時、多くの関係者たちはそのように自身に問うはずです。少し話が変わりますが、ガンの治療を助ける補助治療薬としてマリファナの効果(放射線治療や薬物治療で発生する患者の吐気・食欲減退を抑制する効果があるらしいです)は、医学的に認められています。しかし、制度上、それを薬として使えない現状。多くの人間が'おだやかな死'を望み、多くの人間は'おだやかな死'を看取りたいと思っているはずなのに、その現実的手段を排除せざるを得ない社会に苛立ちを覚えます。アメリカではガン患者の親類が非合法的にそれを入手し患者に服用させること、または医者がその幇助的役割を果たすことがあるそうです。これら一部を合法化するような動きもでているそうですが、我が国で医学分野のマリファナ使用許可がでるのは百年後、或いは二百年後の話なのではないでしょうか。これ以上書くと話が大幅に逸れそうなのでここまでにしておきます。とにかくこの本を呼んで’あの時の気持ち’を追体験することができました。これは反語的に、今後自分の原動力になると思います。素敵な本を貸してくれて有難うございました。時間が合いましたら、大学にてお返しします。それでは。