補足。 par 灰猫 | 明かしえぬ共同生活

補足。 par 灰猫

ベルクソンの理論に「持続」という概念があります。平たく云うとこれは「自分時間」です。

例えば、時計が指し示す同じ「1時間」であれ、パン工場で流れ作業をするそれと友達と居酒屋で一杯ひっかけるそれとが違うでしょ?そこに生じる差異が、まあ、「持続」の根本的な理念であると云えます。

つまり、「時間」を論じる上での中心的な問題は、いかにしてそれを「他者」と共有するかということに尽きるのだと思うよ。「完全に近い形で「時間」がその装置としての特性と精神に及ぼす影響を分離させる為には、個々の意識の末端にまでそれが伝わり、制度と制度のすきまに存在する人間の感情が入り込む余地にまでそれが流れ込み、社会的認知にまで昇華されることが必要なのではないでしょうか」という指摘があったけれども、こういう指摘が出てくる背景に、既に、制度としての時間の強度が表れているのではないかしら?

ベルクソンは、難しいことを云ってはいますが、結局、人間、っつーか、わたし?が「自由」であると云えるための条件を模索していたのだと思います。そして、それはよりよく生きようとする至極まっとうな考えなのではないかと、僕ぁそう思うよ。