しゃぼん飛んだ・・・  2016/09/17 | 航海日誌

しゃぼん飛んだ・・・  2016/09/17

 天地真理、八代亜紀、園まり、森昌子、菅原洋一など、YouTubeで聴いたり歌ったりしながらオイラは目的地へ向かいます。

 

パッツンパッツンの赤いタイトスカートを履いた秘書の淹れるコーヒーを飲みながら、英字新聞の経済欄を読むようなインテリ(古いか?)になりたかったけど、あちこちで躓(つまず)いて転んで擦りむいているうちに、立派な運転手になりましたとさ。

( ̄∇ ̄)ケケケ

 

 最近は歌謡曲を流す番組が激減して、若者中心のミュージック(これも古いか?)ばかりのような気がします。

そんな中(どんな中だ-笑)、前にも書いた気がしますが、改めて菅原洋一の

「今日でお別れ」をしみじみと聴いていると、やはり作詞家の本意は2番の歌詞に秘められているなぁと感じます。

 

[1番]

♫今日でお別れね もう逢えない  涙も見せずに いたいけれど  信じられないの

 その一言  あの甘い言葉を 囁いたあなたが  突然 さようなら 言えるなんて・・・

 

[2番]

♫最後の煙草に 火をつけましょう  曲がったネクタイ 直させてね  あなたの背広や

 身の廻りに  優しく気を配る 胸弾む仕事は  これからどなたが するのかしら・・・

 

 如何でしょうか?大した事ないかな(笑)

 

ネクタイの曲がりを直したり、タバコに火を点けたりする些細な仕草を

「胸弾む仕事と断じ、これからは私の知らない女性が愛しいあなたのお世話をするのね、と心配をする女心。

それに、煙草に火を点けるという仕草は、女性が夜の仕事をしていた可能性を滲ませていますよね。

それって、本妻じゃなくてお妾(めかけ)さん(これも古い)だと云う事を暗に仄めかせています。

 

ということは、浮気が奥さんにバレたか、本社から支社に移ってきた男性とお付き合いをしてたけど、本社が支社との連結決算で赤字を埋めようとしたのがバレて会社が潰れて囲ってもらえなくなったか(笑)、

どちらにしても別れざるをえない状況になったんでしょうね。

 

こんな数行の歌詞の中に人生のドラマを埋め込むなんて、昭和の歌謡曲は素晴らしいですね。

 

 お馬鹿なテレビじゃだいたい1番と3番しか歌わせず、起承転結の「承転」を端折って「起結」しか歌わせません。

1曲をたった3分の時間に押し込めようとします。

 

第三国人が大勢巣食ってるテレビ局には、日本語の持つ色艶(いろつや)が理解出来まないのでしょう。

 

 ちなみに3番の歌詞は

♫今日でお別れね もう逢えない  あなたも涙を 見せて欲しい  何も言わないで

 気休めなど  こみ上げる涙は こみ上げる涙は  言葉にならない さようなら さようなら・・・

 

 これで1番と3番を繋げると、「あんな優しい言葉を言ってたのにサヨナラだなんてよく言えるわね。 アンタも泣きなさいよ、え?いーや聞こえない聞こえない、つまんない言い訳なんか聞こえません。 はい、サヨーナラ( ¯•ω•¯ )キリッ」・・・ってコトになりませんかね。

 

やっぱり2番は大切な言霊(ことだま)なんですよ。

 

 野口雨情の歌で「しゃぼん玉」という誰もが知ってる童謡がありますね。

これも文字に起こしてみます。

 

[1番]

♫しゃぼん玉飛んだ 屋根まで飛んだ  屋根まで飛んで 壊れて消えた  風かぜ吹くな

 しゃぼん玉飛ばそ

 

[2番]

♫しゃぼん玉消えた 飛ばずに消えた  産まれててすぐに 壊れて消えた  風かぜ吹くな

 しゃぼん玉飛ばそ ・・・

 

と、誰もが一度ならず歌った童謡ですが、こんな裏話しはご存知でしょうか。

 

 雨情の長女みどりは生後僅か八日で亡くなり、次女の恒子も2歳で亡くなっています。

政略結婚で雨情の望まない夫婦関係はやがて破綻を迎えますが、引き取った二人の娘を(一人目は八日で死亡してますが)溺愛していて、涙の内に二人を見送った雨情が落胆の末に書いたのがこの「しゃぼん玉」です。

 

風なんか吹くんじゃない、屋根の上の雲の上の、もっと上の空の上に登るまでじっとしていておくれ、と雨情は懇願してはいないでしょうか。  

 

そうして見ると、この2番の歌詞も一際(きわ)異彩を放って来るんじゃないですか?

 

このように、起承転結の1番の「起」があるからこそ次の2番、3番が光るのだから、やっぱり2番を抜いて歌わすテレビって、心の機微が判らないんだなぁ~と思うしだいです。

 

「2番じゃダメなんですかっ?」

そう、 駄目じゃないけど、2番だけじゃ伝わらないんですよ( ̄~ ̄)