昭和時代…
最近、テレビを見てないなぁ~と考えたら、
あれ
あんまり面白くないじゃん
という論理的帰結に至りました。
ポールの無いポールダンスのようなKーPOPも予算が続かなくなったり、お得意の事務所問題ですっかり見なくなり安心してたんですが、最近は中学生の文化祭のようなSMAPがまたゾロ出てきてゲッソリ。
あと、頭の先から声を出してるAKB48とかなんとか~~ゼーットみたいなジャリタレばっかり。
昭和を懐かしむ親父としては、甚だ消化不足を否めません。
こんな時に思い出す事があります。
どこかで書いた事もあるかと思いますが、今から35年前の22歳の時、赤坂にあった
ホテルニュージャパン

その2F(だったかな)にあったのがナイトクラブ
ラテン・クオータ

今のワンドリンクで踊れるクラブとは違って、まさに
紳士の社交場でしたね。
まぁ若干、欧米列強に肩を並べるべく
背伸びをしていて、社会全体が爪先立ちでグラグラしていた時代でもありました。
それでも、背伸びをしたせいで遠くを見渡せ、列強に飲み込まれることもなく、今の繁栄が在るんだとも思います。
石原裕次郎や美空ひばりが唄い、SKDや日劇がレビューを観せて、わりない二人がナイトクラブで踊る…
ま、尤もその頃のオイラはまだ鼻垂れの小学生でしたがね(笑)
22歳になって、設備関係の仕事を一人で廻れるようになった頃、赤坂にある
ラテンクオーター
に仕事に出掛けました。
もち夜の仕事です。
現場はまさに戦場と化した厨房で、持って来た機材の大きな物は
「中(厨房)に置かないでくれ」と言われ、コンプレッサ、銅管、溶接機、ガスボンベ、ゲージ(マニホルド)、ベンダーなどを、薄暗い舞台裏の隅に置かせてもらいました。
(これで何の仕事がバレましたかね…笑)
季節は忘れてしまいましたが、半円型の舞台裏は少しかび臭い、涼しい所でした。

料理長のOKが出るまで待機していると、薄暗い先の更に暗い奥の方から聞こえてくるのは、ミュートを付けたペットの音。

スネアに張ったワイヤーの擦れる音。

ウッドベースのチューニングの音。

そして時折オイラの傍を、熱帯魚のような透けた衣装をヒラヒラさせながら泳ぐように駆け抜ける踊り子さん達。
暫くすると、厚い緞帳(ドンチョウ)の向こうから聞こえてきたのが倍賞千恵子さんの
さよならはダンスの後にでした。

ご本人が唄っていたかは判りませんでしたが、あの雰囲気と匂い、めくるめく
大人の世界を体感したあの日、遠いようで遠くない、そっと思い出すだけで一瞬にしてあの薄暗い舞台裏に帰ることが出来るんですね。
戦後は終わり、昭和も終わってしまいましたが、何故あの時代にもっと大人になっていなかったのか…
何故あの渦の中にいなかったのか…と、悔恨のような憧れのような、とろりとした思いが胸の内側に張り付いて離れません。
