毛… | 航海日誌

毛…


群馬太田にある
カ〇ンズホームの、配送センターに来ておりやす。

東京から4時間もかかりやした。

なんだかなぁ~



SBSH07151.JPG
SBSH07141.JPG
SBSH07131.JPG



13時着なんで9時に出て、銀座⇒昭和通り⇒入谷⇒尾久橋通り(放射11号)⇒新郷⇒R122⇒桐生⇒R50と、R122とR16の交差点、加倉で10分程の渋滞があった以外は順調だったのに、やっぱ桐生まで来ると
遠いなぁ~って気がします。

首都高に乗ったり、R17⇒R407経由が早いよ、と教えてくれる同僚もいますが、埼玉に入った笹目橋から鴻巣/箕田までの中山道があまり好きじゃないんですね。

R122もR17⇒407も、だいたい太田市まで100km位であまり距離に違いはありません。

だもんで、群馬の太田方面はR122を使います。

藤岡方面はR254です。

高崎や伊香保、嬬恋方面はさすがにR17ですけどね。


群馬に入ると眼につくのが
という文字なんす。


上毛高原、上毛新聞、両毛線、東毛…と、まだまだありますが、まさに毛だらけ群馬でございます。


何故、地域にが付くのかカ〇ンズの人間に聞いても知らないようですし、「言われてみれば毛だらけだなぁ」と感心してるご様子。


教えてビックリマーク
ヘタレも~んビックリマーク



調べました。
21世紀には、パソコンという便利な物がございます。


長くなるのでかい摘まみますが…

の由来には、
①支那の故事に、朝廷の言うことを聞かない未開の地域を毛人の国と言えり…なんちて(笑)

②草原や穀物という意味もあるそうで、群馬や栃木の辺りを毛の野原とか呼ばれていたようです。


昔は京都に近い地域から上(上総)とか前(越前)が地名に付いたそうですね。

だから、西の群馬辺りを
上(コウズ)毛(ケ)野(ノ)と呼び、東の栃木辺りを
下(シモヅ)毛(ケ)野(ノ)と呼んでいたようです。

それが大宝4年(704)に「国名は2文字とする」と定められて、何故かが抜け(笑)『上野』となったのですが、毛に愛着があったのかの呼び名が残り、上野とかいてコウズケと呼ばれ、同様に下野もシモズケ⇒シモツケと呼ばれ…たんじゃないかと説明がありました。


江戸時代には『上野国』とか『上州』と呼ばれたのに、現在は赤城・榛名・妙義を上毛三山と呼び親しまれています。
上州かるたもありますね。

が好きなんすかね。


でも、上州蕎麦、上州牛、上州名物とかも言ったりするので、言い易い、使い易い方を使ってるようですね。


現在も群馬県を地域別に分けて、東毛・中毛・西毛・北毛と呼ぶこともあるようですから、ちょんまげ店長さんの処は北毛ですかね。


あ、そーか(ノ゚O゚)ノ

オイラの住む稲毛も、稲作がさかんだったので、稲毛になったんでしょうかね。

ま、が付いてる時点で、稲穂が金色の毛のようだから稲毛になったんだと、字を見れば判りますよね。

今更ぁ~!?でした。