シナチョン… | 航海日誌

シナチョン…


11月4日の龍ヶ崎は、急遽オイラに仕事が入りまして、オイラとチッコさんが抜けた
名目GDPならぬ
名目インパルス
で大会に臨んでいただきました。

そして、来る11月17日の大田区大会も、急遽(また!?)仕事が入りまして、今度はチッコさんが出るので
インパルスとその仲間達
で頑張って頂くことになりました。

全くもって、無理矢理試合に出て頂き、申し訳ありません。

_(._.)_ペコリ



17日は大田区体育館のすぐそば…2~3kmしか離れてない、大井埠頭の日本郵船ヤード(7号)で本船取りしてから、兵庫県の龍野市向けとなります。

東京から約680km位だから、ちようど青森の弘前の岩木山と同じくらいですかね。


山陽地域だから
中国地方になりますか。

山口県がJIAを抜けて久しいですが、元インパルスの相本君が、
「中・四国大会はハンパなく盛り上がりますよ」と言っていたのを思い出しますね~。

彼は、仙台に赴任して津波に呑まれてしまい…はい!?呑まれてない!?
こりゃまた失礼しました。
存命だそうです(゜▽゜)


中国といえば、お隣りにも同じ名前の
ならず者国家がありますね。


オイラは以前より支那と呼んでいたのを、ブログコメントで叱られた事がありました。

それで改めて調べたら、ヤッパ支那でいいみたい。


まず、(また長くなりそう~…)日本では山陽と山陰を合わせて中国地方と呼びますが、西暦878年の官報に「中国地方」と呼んだ記録があるので、「中国地方」には千百年以上の歴史があるそうです。


日本人が支那を中国と呼び始めたのが戦後で、まだ…え~とえ~と…68年しか経っておりません。

その頃の中国は
中華民国(1912年)ですからその時から遡って、え~と…カチャカチャ…
33年しか経ってなくて、
中華人民共和国(笑)なんかまだ無かった時代ですよね。
これが支那を中国と読んではいけない理由-①


次に、支那には中華思想という思い違いが存在します。
自分達が世界の中心であり、中心から離れた所の人間は愚かで野蛮で無秩序である
という、とんでも思想です。

北狄
西戎
天子東夷
南蛮


北狄(ホクテキ)
西戎(セイジュウ)
東夷(トウイ)
南蛮(ナンバン)

と蛮族扱いをし、支那人の国の事を
『中国』と呼ばせてました。

つまり、中国と呼ぶ事は私達が自分の事を『蛮族』と認める事になります。
これが支那を中国と読んではいけない理由-②


更に支那は、ラストエンペラーの清朝が倒れて中華民国を建国した際、、
『五族共和』と言いはじめ、清朝の支配していた領域を勝手に引き継ぎました。

満州・モンゴル・ウイグル・チベットの領土がそれです。

それまで一度も支那の領土じゃない、物凄く広大な領域を奴らは中国と呼び支配したんです。

もちろん、それらの民族の同意は得ていません。


この1912年辺りから日本人に対して
「支那と呼ばず中国と呼びなさい」と言って来るようになったみたいです。
エラソーですねぇ~


以上のことから、支那を「中国」と呼ぶ事は、日本が『五族共和』を認める事にもなるんですね。
これが支那を中国と読んではいけない理由-③


だから、中国とは呼ばずにチャイナ或いは支那と呼べばいいんですよ。

中国は我が領土なんですから。

…あれ!?どこかで聞いた事があるフレーズだなぁ~
(゜▽゜)テヘッ



じゃ朝鮮は!?…朝鮮はどーでもいいです。

大韓民国
 アップ アップ
の二文字を取って
韓国…ですが、『大』には偉大という意味があって、グレートブリテンの
大英帝国にちなんで、ウリにも「大」を付けるニダ、と言ったという説もあれば、中国の上を行く『大』を付けたという説もあり、誇大妄想の朝鮮の言う事に悩んでも本当の事は絶対言わない人達ですから、考えるだけ意味がありませんね。


隷属していた『明王朝』に頭を下げてつけて貰った『朝鮮』を捨てて、韓国にしたんですから、
チョンかコリアで良いと思います。


何処の国も「韓国」と呼ぶ国はありません。
ましてや「大韓民国」なんて、奴らがスポーツを邪魔しに来て
テーハミングクビックリマークと騒ぐ時にしか聞かないですよ。

ま、あんな国なんかどーでもヨロシイ。


支那と朝鮮に比べれば、ロシアがマトモに見えてくるから不思議ですね。