構造原理 =Aufbau principle= | カタギリノエンレイソウ広報

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原子の電子配置はどのようになっているのだろうか?どのように電子が埋まるのだろうか?

今回は、電子配置について解説していこうと思います。
 
構造原理 (組み立て原理、増成原理)とは、原子において、電子はエネルギー準位の低い原子軌道から先に占有する、というものです。
この「組み立て」の流れは軌道を表す波動関数によって数学的に記述され、電子のふるまいはフントの規則パウリの排他原理といったその他の原子物理学の原理によって作り上げられます。
フントの規則は、たとえ同じエネルギーを持つ複数の軌道が利用できる状況でも、その他の電子によって占有された軌道を再利用する前に、まずは占有されていない軌道を(スピンを平行にして)埋める、というものです。しかし、パウリの排他原理によれば、2つの電子が同じ軌道を占有するためには、異なるスピンを持たなければならないため、電子1個で占有された軌道にはスピンを反平行にして2つ目の電子が埋まることになります。
ところで、原子軌道は方位量子数によってs軌道、p軌道、d軌道、f軌道などに分類され、主量子数を同じくする (同じ電子殻にある)原子軌道はs軌道、p軌道、d軌道、f軌道の順でエネルギー準位が高くなり、方位量子数を同じくする軌道同士は主量子数の大きい軌道 (外側の電子殻にあるもの)ほどエネルギー準位が高くなるのですが、主量子数と方位量子数を異にする原子軌道の準位関係はそんな単純なものではありません。原子軌道は主量子数と方位量子数で分類したとき、1s、2p、3dのように主量子数と方位量子数記号 (s,p,d,f,g,h,…)を組み合わせて表され、1s、2s 2p、3s 3p 3d、4s 4p 4d 4f のような順で電子が埋まるものと考えたら、これは間違い!中性原子における電子の占有順の傾向は、1s 2s 2p 3s 3p 4s 3d 4p 5s 4d 5p 6s 4f 5d 6p の順になります!

これは即ち、原子番号 (Z)の増加に伴い、主量子数 (n)と方位量子数 (l)の和が小さい軌道から優先的に電子が埋まり、主量子数と方位量子数の和を等しくする軌道同士は主量子の小さいものから優先的に電子が埋まることを意味しています。
 
なぜそのような原理が成り立つのだろうか?
これには電子同士の反発により各軌道のエネルギーに差が生じ、方位量子数が大きな軌道ほど原子核から遠くに分布するため、電子間相互作用の影響が大きくなることが関係しています。
水素原子では主量子数を等しくする軌道群が縮退しており、エネルギー準位が 1s < (2s,2p) < (3s,3p,3d) < (4s,4p,4d,4f) < (5s,5p,5d,5f,5g) のように主量子数だけで決まるものと考えられますが、ヘリウム原子ではs軌道が主量子数を同じくする方位量子数1以上の軌道群 (p軌道、d軌道など)との間で縮退がほどけ、2s < 2p < 3s < (3p,3d) < 4s < (4p,4d,4f) のような準位関係が生じます。p軌道とd軌道の縮退関係はベリリウム原子 (原子番号4)でほどけ、それ以降の原子番号の元素においても ns < np < (n+1)s (3s < 3p < 4s < 4p < 5s < 5p <…)や ns < np < nd (3s < 3p < 3d、4s < 4p < 4d など)の準位関係が維持されますが、d軌道と主量子数が1大きいs軌道・p軌道の間の準位関係については逆転が生じます。d軌道とf軌道の縮退関係はマグネシウム原子 (原子番号12)でほどけ、これも主量子数が大きい軌道との間で準位関係の逆転が生じます。それで、アルゴン (原子番号18)までの元素では 1s → 2s → 2p → 3s → 3p という順序 (主量子数順)で電子が埋まっていきますが、次のカリウム (19K)では3d軌道ではなく、4s軌道に電子が入り、カルシウム (20Ca)でもまた同様になります。これは電子間相互作用の影響によってs軌道とp軌道が安定化し、準位関係が 3p < 4s < 4p < 3d のようになっているために、3d軌道が空のまま4s軌道に電子があるほうがより安定 (陽イオン化されにくい状態)になるからです。

典型元素の原子においては、基底状態において最高占有軌道 (電子で占有された軌道でエネルギー準位が最高のもの)よりエネルギー準位の低い軌道が全て電子で埋め尽くされ (閉殻)、最高占有軌道よりエネルギー準位の高い軌道は全て空 (空殻)という構成をとります。一方、遷移元素の原子においては上記とは状況が異なり、最高占有軌道よりエネルギー準位の低いところに空軌道、または1電子占有軌道が残っている (未閉殻)という状態で基底状態となる場合があります。その場合、むやみに「最高占有軌道よりエネルギー準位の低い軌道が全てに電子で埋め尽くされ、最高占有軌道よりエネルギー準位の高い軌道は全て空」という構成を守ろうとしても原子の安定性をかえって損ねる (陽イオン化されやすくなる)結果になる可能性もはらんでいます。
次にカリウム (19K)とカルシウム (20Ca)の原子軌道を見てみよう。

上に見るように、「最高占有軌道よりエネルギー準位の低い軌道が全て電子で埋め尽くされ、最高占有軌道よりエネルギー準位の高い軌道は全て空」という構成になっています。次に、肝心のスカンジウム (21Sc)原子で電子が3d軌道を占有するようになりますが、電子配置によってエネルギー準位が変化し、以下のようになります。

[Ar]3d4s2 の配置のときエネルギー準位が 3p < 3d < 4s < 4p のような関係になりますが、エネルギー準位が4s軌道よりも3d軌道のほうが低いからといって [Ar]3d3 という電子配置をとると、準位関係が逆転し、空の4s、4p軌道の上に電子で占有された3d軌道があるという宙ぶらりんの構図になり、不安定な状態になります。それで、[Ar]3d24s の配置ほうがより安定しますが、それでも安定性は [Ar]3d4s2 の配置には及びません。スカンジウム原子から電子を一つ取り去って陽イオン (Sc+) にするために必要なエネルギーが、[Ar]3d24s の配置から3d電子を除去する場合のほうが [Ar]3d4s2 の配置から4s電子を除去する場合よりも小さくなるからです。
チタン、バナジウムも同様に4s電子が2個ある配置のほうが安定、電子配置はそれぞれ [Ar]3d24s2、[Ar]3d34s2 となりますが、クロム (24Cr)原子では4s電子が1個の配置 ([Ar]3d54s)が [Ar]3d44s2 や [Ar]3d6 の配置よりも安定になります。クロム原子から電子を一つ取り去って陽イオン (Cr+) にするために必要なエネルギーが、[Ar]3d44s2 の配置から4s電子を除去する場合よりも [Ar]3d54s の配置から3d電子を除去する場合のほうが大きくなることを確認してください。

同様の考えを進めていくと、マンガン、鉄、コバルト、ニッケルの各原子は4s電子が2個で3d電子が5~8個、 (29Cu)原子は4s電子が1個、3d電子が10個ある配置が最も安定となります。即ち、第4周期の遷移元素は一般に [Ar]3dZ-204s2 型の電子配置を取り、その多くがこの配置を基底状態としますが、クロム及び銅は例外的に(基底状態で) [Ar]3dZ-194s 型の配置をとります。そして、カルシウムでは 3p < 4s < 4p < 3d となっていた原子軌道の準位関係が、スカンジウムからニッケルまでは電子配置によって変動し、3d軌道全てが電子各2つで占有される銅 (29Cu)及び亜鉛 (30Zn)では 3p < 3d < 4s < 4p に固定されます。

3d軌道全てに電子が埋まり、4s軌道が電子2個で占有された亜鉛 (30Zn)原子の次は4p軌道に電子が埋まっていき、クリプトン (36Kr)で4p軌道全てに電子が埋まったあとは、4d軌道や4f軌道ではなく、5s軌道に電子が入ります。このとき電子間相互作用の影響により準位が 4p <  5s < 4d のようになっている状態のため、4d軌道を電子が占有するようになるのはその次です。


第5周期の遷移元素は一般に [Kr]4dZ-385s2 型、または[Kr]4dZ-375s 型の電子配置を取り、イットリウム、ジルコニウム、テクネチウム及びカドミウムは前者の、ニオブ、モリブデン、ルテニウム、ロジウム及び銀は後者の配置を基底状態としますが、パラジウム (46Pd)原子第5周期元素の中で唯一5s電子が無く電子で占有された電子殻の数が唯一前の原子番号の元素より少なく、かつ最外電子殻にある電子が8個を超えている唯一の元素となっています。各軌道の準位関係は、イットリウムが 4p < 5s < 4d < 5p、ジルコニウムからロジウムまでは電子配置により変動し、パラジウムからあとは 4p < 4d < 5s < 5p で固定化されます。
カドミウム (48Cd)で4d軌道全てと5s軌道が電子で埋まりつくした後は電子が5p軌道を占有する流れになります。なお、N殻 (4番目の電子殻)にはf軌道 (4f)がありますが、そこに電子が占有するようになるのは、5p、6s軌道に電子を埋め終わった後です。

以上のように第4、第5周期の原子では最外殻のs軌道に電子を埋めた後に、それぞれ3d軌道、4d軌道が電子で埋まり始め、そのd軌道が全て電子で埋まりつくした後で、最外殻のp軌道に電子が埋まっていくという流れになります。
4f軌道に電子が占有するようになるのは、5p軌道全てと6s軌道が電子で埋まりつくした後の、原子番号が56より大きい元素においてです。その4f軌道に電子が埋まっていく元素群がランタノイドと呼ばれるものです。


ランタノイド元素では多くについて [Xe]4fZ-566s2 型の電子配置をとり、4f軌道全てに電子を埋めつくしたあとは5d軌道に電子が埋まっていきますが、空または1電子占有の4f軌道を残したまま5d軌道に電子が埋まる電子配置をとる例外があります。ランタン (57La)では準位関係が 5p < 5d < 6s < 6p < 4f のようになっているために、4f軌道ではなく5d軌道に電子が入った [Xe]5d6s2 の配置が安定になります。次のセリウム (58Ce)では 5p < 4f < 5d < 6s の準位関係を持ち、4f軌道と5d軌道に1つずつ入った [Xe]4f5d6s2 の配置をとります。プラセオジム (59Pr)でようやく 5p < 4f < 6s < 5d < 6p の準位関係をとるようになるため、ここから [Xe]4fZ-566s2 型の電子配置が安定になるのです。ただし、ガドリニウム (64Gd)原子では [Xe]4f75d6s2 の配置をとるほうが ([Xe]4f86s2 の配置よりも)安定になります。
イッテルビウム (70Yb)で4f軌道全てが電子で埋まりつくした後は5d軌道を電子が占有するという流れになり、[Xe]4f145dZ-706s2 型の電子配置をとるようになりますが、ここでも例外があります。白金 (78Pt)及び (79Au)においては6s電子が1つの配置 ([Xe]4f145dZ-696s)をとるほうが安定となります。水銀 (80Hg)で5d軌道全てと6s軌道が電子2つで占有された後は電子が6p軌道を占有する流れとなります。


5f軌道に電子が占有するようになるのは、6p軌道全てと7s軌道が電子で埋まりつくした後からです。5f軌道に電子が埋まっていく元素群はアクチノイドと呼ばれるもので、その半数ほどの元素は [Rn]5fZ-887s2 型の電子配置をとりますが、6d軌道にも電子が入る配置をとるほうが安定になる例外があり、アクチニウム、プロトアクチニウム、ウラン、ネプツニウム、キュリウムでは [Rn]5fZ-896d7s2 型で、トリウム (90Th)原子にいたっては [Rn]6d27s2 の配置を基底状態とします。さらに、5f軌道に電子を埋めつくしたノーベリウム (102No)の次、ローレンシウム (103Lr)原子は [Rn]5f147s27p という電子配置になります!アクチノイド元素群では相対論効果による影響を無視できなくなり、5f軌道と6d軌道の準位関係が7s、7p軌道との間で大きな変動を見せます。アクチニウムでは 6p < 7s < 6d < 7p < 5f の、トリウムでは 6p < 7s < 6d < 5f < 7p 、プロトアクチニウムとウランでは 6p < 5f < 7s < 6d < 7p、ネプツニウムでは 6p < 5f < 6d < 7s < 7p、プルトニウムとアメリシウムでは 6p < 5f < 7s < 6d < 7p といったふうになります。そして、ローレンシウム原子では 6p < 5f < 7s < 7p < 6d という関係になるため、上のように [Rn]5f147s27p の配置をとるに至るものと考えられます。

ローレンシウムで [Rn]5f147s27p の電子配置をとった次のラザホージウム (104Rf)原子では 6p < 5f < 7s < 6d < 7p の準位関係と [Rn]5f146d27s2 の電子配置をとり、そのあとは [Rn]5f146dZ-1027s2 型の配置 (原子番号112まで6d軌道に電子が埋まっていく)、[Rn]5f146d107s27pZ-112 型の配置 (原子番号118まで7p軌道に電子が埋まっていく) と続くものと考えられます。

 
以上のように、中性原子における電子配置に関しては一部例外があるものの、大体においては原子番号の増加に伴って、1s 2s 2p 3s 3p 4s 3d 4p 5s 4d 5p 6s 4f 5d 6p のような順序で電子が埋まっていく法則が成り立つことがわかります。主量子数と方位量子数の和が小さい軌道から優先的に電子が埋まり、主量子数と方位量子数の和を等しくする軌道同士は主量子の小さいものから優先的に電子が埋まるというこの法則 (構造原理) は、電子間相互作用の寄与によって形成され、その例外は主としてスピン間相互作用の寄与によるものと考えられます。元素の周期表はこの構造原理に従って各元素を配列したものといえます。
なお、上述の構造原理はあくまでも中性原子の電子配置に関するものであり、陽イオンではこれに従わないものがたくさんあります。例えば1価の陽イオンの場合、典型元素においては原子番号の1つ少ない中性原子と同じ電子配置になりますが、大部分の遷移元素の場合はそのようにはならず、むしろ最外殻電子が1つ除去された形の配置をとることのほうが多いです。原子や分子に含まれる電子を1つ除去してイオン化するとき、最も除去されやすい電子は最高占有軌道にある電子であり、一般的に第1族~第12族の元素においては最外殻s電子、第13族~第18族の元素においては最外殻p電子がこれにあたります。例外的にd軌道の電子が最も除去されやすいものもあり、中性原子においては、イットリウム、パラジウム、ルテチウム、ハフニウム、アクチニウム、トリウム、プロトアクチニウム、ウラン、キュリウムがこれに該当します。さらに2価の陽イオンの場合は電子配置に関する法則自体が変化し、1s 2s 2p 3s 3p 3d 4s 4p 4d 5s 5p 4f 5d 6s 6p のような順序で電子が埋まっていく体系になります。陽イオンは電子数を同じくする中性原子に比べて原子番号が大きく、d軌道やf軌道がより安定化するため、基底状態において電子数を同じくする中性原子と異なった電子配置をとる陽イオンが多く存在するというわけです。

 

(最終更新:2017年5月31日)