こんにちは。5月9日いかがお過ごしですか?
ハイアールのPOP UPイベントのコラムが配信されました。
その中には胸熱な言葉も・・・。
一部抜粋します
[羽生さんが持つ価値は、
単なる知名度や人気ではありません。
世界の頂点を知り、
プロ転向後も挑戦を続ける姿勢。
技術と表現を両立させる美意識。
そしてファンとの深い関係性。
そこには、競技成績を超えた物語があります]
一部抜粋終わり
ハイアールといえば、先日配信された
原孟俊さんが講座の中でハイアールの衣装を
製作されたこと、またCM撮影現場に立ち会った時の
ことが語られていました。そして羽生選手が
撮影に臨む姿勢も語られていました。
お話を聴いていて、ふと米津玄師さんとの
対談を思い浮かべました。
一緒に振り返ってみたいなぁと文字起こしも
しますので、よかったらご覧ください☺️
米津玄師さん公式 YouTube 対談動画より
https://www.youtube.com/watch?v=AHkxjS-mtBo
一部抜粋
米津玄師さん:今日初めてその実際に人が滑ってるところを見て、ものすごいダイナミックでスピード感があるって話をしましたけど、でもその中でもやっぱ何度も何度もその同じシーンに目がけて滑っていって。こっちからして見れば「すごい、すごい」としか言いようがないものでも「いや、こんなんじゃダメだ」っていう。それもすごいこう自分を鼓舞するように、何かこう言葉にしながらね。それを虚空に吐いてるようでいて、その自分に向かっていってるんだろうなっていう、その様を見るって何でしょうね。その言葉が正しいのかわかんないんですけど、ある種のオブセッション的というか、その脅迫観念のような、そういうものがものすごく羽生さんの中には強く渦巻いてるんだろうなっていうのが感じられました。だからそこも見てるこちらはどうすることもできないというか、本当になんか固唾を飲んで見守るしかない。なんならこう息も止まるような、なんかそういう張り詰めた空気が流れていて。その空気自体を生み出してんのも羽生さんなんだよな、と。だからすごいやっぱあの空間全体がね、羽生さんの「もっと良く、より良く」っていう感情で支配されてる空気感とかを、あの傍で見てて、「いや、これはとてつもないものを持って生まれた人なんだな」っていうのを本当に感じましたね。
羽生結弦選手:何なんですかね、でもなんかあの、その強迫観念みたいなものは確かに常に多分自分はあるんだと思うんですよ。その『こうしなきゃいけない』っていう、『こうでなくてはいけない』みたいな。それが今回はその米津玄師という人の魂に対して向き合うということが、『これじゃダメだ』っていうものだったし僕は、なんか『僕であらなきゃいけない』とか『羽生でいなきゃいけない』とかそんなんじゃなくて、『この楽曲に、この魂に対してふさわしくない』ってずっと思ってたんで。『お前こんなんでいいのかよ』みたいなのをずっとやってました。なんか、でもああやって僕は作られてます、基本的に。
米津玄師さん:いや、でもそうなんだろうなと思いました。
羽生結弦選手:本当にああいう毎日を割と過ごしてて。なんかフィギュアスケートってやっぱり表に出る面ってすごく華やかだし、優雅だし、綺麗なところをやっぱり僕らは見せなきゃいけないし、かっこいいところも見せなきゃいけないし。でも僕はなんだろう、あの姿になりきるまでは、もう本当に地獄のような・・・なんかよく「ナイアガラの滝に落ちに行く」みたいなことを言われたことがあったんですけど、本当にナイアガラの滝に落ちていくような気持ちで、ジャンプの練習したりとかしてますね。なんか「いつ死んでもおかしくないな」っていう。
米津玄師さん:テレビの向こうで映ってるのはやっぱ優雅に滑ってる姿で、やっぱきらびやかで美しい。なんかこう架空の存在のような、ファンタジックな、キラキラして美しいものっていう印象がやっぱりすごく強くこっちに届いてくるんですけど。
実際にこう目の当たりにしてみると、やっぱ生々しい。当たり前ですけど、やっぱり生であって、質量を持ってちゃんと踊ってる。生の人間が質量を持って踊ってる。そのスケートのあの刃が氷を削る音だったり、踊ればその氷の粉が飛び散ったり、ジャンプから降りる時も思った以上に大きな音が鳴ったりとか。ちゃんとここで質量を持って人間が一人で踊ってるんだっていう風に感じれば感じるほど、「あ、これは決してファンタジーなんてものではなくて、ものすごく華麗に優雅に踊っているが、そこにたどり着くまでの間にものすごいいろんな試行錯誤だったり、あるいはその地獄のような訓練ってものがあったんだな」っていう。優雅であることがその裏返しのように見えてくるというか。だからそういう意味でも少し恐ろしくなるような。「この美しさを獲得するまでに一体どれくらいの・・・」っていう。
羽生結弦選手:なんか日本刀みたいなもんなんですよ。だから自分の中では。日本刀を作り上げていく時に、その、めちゃくちゃ叩かなきゃいけないわけじゃないですか。もう熱して叩いて、熱して叩いてを繰り返して、最終的にあの鋭さになって、あの綺麗な波紋ができたりとかシルエットができたりする。でもその『叩かれる作業』を僕らはやっぱしないと、いくらやっても鉄の塊でしかないので、『どんな形にしたいか』をずっと考え続け、叩きまくって綺麗にしていくっていう作業はすごくやってるし。あとはなんか、今回のこの原作もあるんですけど、この楽曲から感じたその質量みたいなものが、結構生々しいなって僕は思ったんですよね。その全肯定でありながら、すごいその広いところから背中を押してくれるんですけど、そこにちゃんと人間がいる感じがしたんですよね。
だから僕は今回この『BOW AND ARROW AND ARROW』を表現するということになった時に、人間でありたいなって思ったんですよ。人間を超えるような演技をしたいけど、でもそのすっごい中身の泥臭い人間らしさみたいなものをちゃんと出したいって思って。これは簡単にできてるものじゃなくて、架空のものでもなんでもなくて、生身の人間が生身の人間を超えていくための、なんだろう、応援歌っていうかなんかそんな感じの印象がありましたね。
一部文字起こし終わり
久しぶりに見返してみると、JーPOPを牽引している米津玄師さんがこんな風に羽生選手を評価してくれていること。そして初めて生で見た羽生結弦選手の滑りに深く心を動かされていること、さらに、フィルターを通してではなく、自分の目で見て、音を聞いて、感じた「羽生結弦」という存在を語ってくれていることが本当に嬉しいことだなと思いました。そして、あまり「伝えることがない」という羽生選手のクリエーターとしての思い。スケーターとしての矜持もビシバシ伝わってくる、「創り出す」ということに時に苦しみながらも、でも苦しみがあるからこそ良いものを創れるのだと。妥協しない、絶対に、流されない、「芯」。を感じて、震えてきてしまいました。何よりも羽生選手が幸せそうなのが、すごく印象に残りました。これくらいでいいっていう考えがないからこそ、磨かれていき、美しく強く輝き、さらに見る人を魅了するのだなと思ったのでした。
https://x.com/kagaonsen_info/status/2052916860145094822?s=20
⭐️スケジュール🗓️まとめ記事
⭐️Prequel : Before the WHITE考察
⭐️羽生選手のこれまでの寄付⭐️
https://yuzurikai.1my.jp/
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