満州の両親の元へ | なんでも書いちゃってます

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「安藤昇」は都合三ヶ月間・・・留置場や感化院を経て

祖母の元へ帰っ

近所の若いお母さんたちが子供を
「安藤昇」に
近づかないようにしているのが良くわかる

<あのお兄ちゃんは警察に長いこと居たのよ
一緒に遊んだら駄目よ>


<俺が何をしたというんだ>

「安藤昇」は留置場で教えてもらった
不良仲間たちが たむろする
「二幸園」に足を向けた,懐かしい面々が揃っていた

「よ~安藤出て来たのかおめでとー
コーヒーで乾杯もどうかと思うが」

周囲が受け入れなければ・・・
こうなってしまうのだろうか・・・・・

老いた祖母も心配して満州の両親に連絡した

「来学期からこちらにいらっしゃい」
きつい母親からの手紙だった


「安藤昇」は満州の両親の側に行くことになった

「東京駅」から列車に乗り

「下関」で下車し


「関釜連絡船」に乗り込む
 

 


「釜山」には五時間かかって着いた、

目指すは両親の待つ満州第二の古都「奉天」

とりあえず・・・満鉄が敷かれている

「ハルピン」まで行く事にした 

当時東洋一といわれた特急「亜細亜」号が
弾丸のように走っていた

(今思えば遅くてどうにもならないがwww)

列車に乗り込んだ途端にニンニクの臭いが
キューンと鼻をついた

「奉天」は大平原のど真ん中にある古都である

「亜細亜号」はやがて満州と朝鮮との国境を越え
一面荒涼とした雪と氷の大陸に入る
 


「東京」を発って丸二日二晩思えば「奉天」は遠かった

 
「安藤昇」は初めて見る満州の壮大さに驚嘆した!

地平線の果ての果てまで さえぎるものは何も無い

遥か大平原の彼方に一抱えもありそうな
真っ赤な太陽の沈むさまは壮大としかいいようがなかった

赤いレンガ作りの「奉天駅」には

 
両親・弟・妹たちが出迎えにきていた、

「昇!よく来たね!疲れたろう!」
母は涙ながらに「昇」を迎えた、

当時の満州には一攫千金を夢見て
多くの日本人開拓団が入植していた・

右翼ゴロ等も人々に紛れて多数いた、

全員社宅まで馬車で帰ることにした


「安藤昇」は馬車も珍しかった
なんともいえないエキゾチックな気分だった



「パチーン パチーン
」と中国服と帽子の馬車引きが
二メートルもあろうかと思えるような
長い細いムチを勢いよく振るとそれが風を切って鳴る・・・


「安藤昇」は異国に来て

<ここなら誰も俺の事は知らない一生懸命勉強して
一からやり直そう>

両親の元・暖かい暖房の効いた自室という恵まれた中で・・・
やっと「昇」は心身とも満たされた自分に気づいた

長い長い強力に寒い満州の春は雪解けで始まる

雪が消えると蒙古からのモンスーンが終日吹き荒れ

あたり一面真っ赤に砂埃が舞う
(日本に飛来してくる黄砂だろうな~)

日本人が正月をお祝いするように
満州では春の訪れを祝う

4月には有名な祭り「娘娘祭り」
(ニャンニャンまつり)が盛大に執り行われる
 


 4月 
 「安藤昇」は「奉天第一中学」に転入できた
クラスには勿論日本人がいた

「「久保」「高橋」という気の合う仲間ができた!
三人は・余りに気が合いすぎ

三人とも10ヶ月足らずで学校を首になった

仲良し三人組はある日・・・・・

「ピー屋」に行くことにした

ピー屋」と言うのは俗にいう「売春宿」である!
 


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