こっこです。



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失敗すること。



間違えること。



「わかりません」と言うこと。



あなたは、怖くないですか?



僕は、怖かったです。



というより最近、



「自分が思っていた以上に、めちゃくちゃ怖かったんだ」



ということに気づきました。



「失敗してもいいよ」



「間違えても大丈夫だよ」



「不正解でも、そこから学べばいいんだよ」



そんな言葉は何度も見聞きしてきたし、自分でもそう考えてきたつもりでした。



でも、心の奥のほうにはずっと、



「失敗するのはダメだ」



という呪いみたいなものが残っていました。



失敗する。



間違える。



わからない。



すると僕の中では、それが単なる「結果」では終わらないんです。



失敗する自分=ダメな人間。

認めてもらえない。

バカにされる。

惨めになる。

いじめられる。

排除される。



そんな昔の痛みと、瞬時につながってしまう。



親や先生、友達との関係。



サッカーで受けてきた指導。



いろんな経験が積み重なって、そうなっていったんだと思います。



まぁ、あるあるですよね。



だから僕は、



優秀でいようとしたり、



真面目でいようとしたり、



しっかり準備して先回りしたり、



間違えないように気をつけたり。



ときには、自分が不安だから周囲をコントロールしようとしたり。



そうやって、自分を守るクセが身につきました。



心の仕組みを学び始めてからは、その捉え方もずいぶん緩んできました。



「お、だいぶ良い感じになってきたんじゃない?」



そう思っていたんです。



ところが最近、



僕の心の奥をグラッと揺らす出来事が、2つありました。


 

1.「わからない=ダメな人間」ではなかった

 

 


ひとつ目は、民間ロケットの開発などで知られる植松努さんの投稿でした。



その中に、こんな話がありました。



子どもの頃、授業中に先生から、



「この問題わかる人!」



と聞かれるのが嫌だった。



わからなければ手を挙げられない。



でも、手を挙げないのも恥ずかしい。



そして当てられて答えられなければ、先生に呆れられたり、友達に笑われたりする。



そこから、



「わかっている=エライ」

「わかっていない=ダメ」




になってしまう。



すると「わからないこと」に出会ったとき、



「ダメな人間になりたくない」



と思うようになる。




だから、知ったかぶりをしたり、



「そんなこと知ってどうするの?」



と見下したり、



「自分はバカだから」



と最初から諦めたりしてしまう。



これを読んだとき、



「あぁ……それそれ!」



と思いました。



僕はずっと、



「ダメな人間だと思われること」



が、本当に思った以上に怖かったんです。



だから理論武装した。



背伸びした。



できることを増やそうとした。



「優秀な自分」を作ろうとした。



さらに、植松さんの別の投稿に、こんな趣旨の言葉がありました。



「わからない」は、自分に能力がないとか、自分がダメだということではない。


ただ、判断するための情報が足りていないだけ。




これにも、心をつかまれました。



僕の中ではずっと、



「できない」

「わからない」

「不正解」

「間違える」



という出来事が、



「ダメな自分」



に直結していたからです。



でも、そうじゃない。



わからないなら、情報を集めればいい。



できなかったら、次のやり方を考えればいい。



それだけのことなんですよね。



頭では単純な話なのに、僕にとってはものすごく大きなことでした。



なんだか幼かった頃の自分が、優しい大人から、



「君がダメなわけじゃないんだよ」



と言ってもらえたような気がして。



ちょっと泣きそうになりました。



僕が学び続けている人間心理学センターピースでも、



「行動」と「人格」を分けることを学んできました。



でも今回、植松さんの言葉をきっかけに、



子どもの頃から僕が何をそんなに怖がっていたのか、その輪郭がようやくハッキリ見えた気がしたんです。


 

2.僕が怖かったのは、自分の失敗だけじゃなかった

 

 


そして、もうひとつ。



こっちのほうが、僕にとっては衝撃でした。



妻や子どもが、



「これやってみるね」

「こうしてみたい」



と言ったとき。



なぜか僕の心が、ザワッとすることがあるんです。



そして、反対したくなる。



やってほしくない。



「そっちじゃない」

「やめたほうがいい」



と言いたくなる。



なぜなんだろう?



自分の気持ちを掘り下げていくと、こんな言葉が出てきました。



「だって、そのやり方じゃ失敗するやん」

「だって、それじゃ怪我するやん」

「だって、それじゃ傷つくだけやん」




しかも、けっこう強い。



心の中では、



「やらないで!」

「やってほしくない!」

「言うこと聞けよ!」



くらいの勢いなんです。



そこで、ようやくわかりました。



僕は、



大切な人に、失敗してほしくなかったんです。



間違えてほしくない。



惨めな思いをしてほしくない。



傷ついてほしくない。



大切な、愛する人たちだから。



だから守りたい。



ところが本人たちは、



「やってみたい!」



と言う。



すると「守りたい」という僕の欲求が邪魔されて、強い拒絶感や怒りになって出てくる。



ここで気づきました。



「失敗するのはダメだ」

「間違える自分はダメな人間だ」



この思い込み、まだ僕の中にめちゃくちゃ残ってるやん……と。



しかも不思議なことに、



自分の「わからない・できない・間違える」より、



家族の「わからない・できない・間違える」のほうが強く反応する。



それだけ大切だからなんでしょうね。



「俺、だいぶ緩んできたな。良い感じ!」



なんて思っていましたが、



「いやいや、相当根深いやん……」



と思い知らされました。笑

 

 

 

 

 

 

3.「間違えちゃダメ」で生きると、人生はどんどん狭くなる

 

 


「間違える=ダメな人間」



というルールで生きていると、いろんなことが怖くなります。



新しいことへの挑戦も怖い。



失敗も怖い。



「わかりません」と言うのも怖い。



だから、身を守るようになる。



そして少しずつ、



本来の自分から遠ざかっていく。



これ、僕のこれまでの生き方そのものだったなと思います。



優秀さ。

真面目さ。

頑張ること。

ちゃんとすること。



そうやって作ってきた“鎧”を剥がされそうになると、必死に抵抗する。



言い返す。

言い訳する。

先に攻撃する。

ときには、逃げる。



振り返ってみると、



「失敗したくない」

「ダメな人間だと思われたくない」



という怖れから、ずいぶん限定された生き方をしてきたんだなと思います。



窮屈だったでしょうね。



でも同時に、



そんな怖れや不安から、必死に自分を守ってきた自分をねぎらっていると……



ひとつ、変なアイデアが浮かびました。

 

 

 

 

 

 

 

 

4.失敗するのが怖すぎるので、銀行を作りました

 

 


僕自身のこんな経験から、



子どもたちに伝えたいことが出てきました。



小学3年生の娘にも、少しずつ、



「できないのは良くない」

「わからないのは恥ずかしい」



みたいな感覚が出始めていて、以前から気になっていたんです。



だったら、



「失敗しても大丈夫だよ」と言葉で教えるだけじゃなく、失敗しても大丈夫だと“体験できる仕組み”を作ったらどうだろう?



ということで……



家族内銀行と、家族内通貨を作ることにしました。笑




名前は、



「チャレンジ銀行」。



仕組みはシンプルです。



何か新しいことに挑戦したら、



成功しても、失敗しても、チャレンジコインがもらえる。



普通は、どうしても、



「できた・わかった・成功した=いい自分」

   ↕

「できなかった・わからなかった・失敗した=ダメな自分」




になりがちです。



でも、チャレンジ銀行が評価するのは、そこじゃない。



「やってみた」

「挑戦した」

「知りたいと思った」




という、意欲や好奇心です。



だから、結果の良し悪しは関係ありません。




成功してもコイン。



失敗してもコイン。



たとえばチャレンジコインを10枚貯めると、



家族内通貨の「1マナビー」に交換できます。




さらに。



挑戦したけれど、うまくいかなかった。



そんなときは、



「なぜうまくいかなかったのか?」

「次はどうすればいいと思う?」



をチャレンジカードに書いて提出すると、これもマナビーに交換できます。




つまり、



失敗して、考えて、学んだら、それにも価値がつく。



貯めたマナビーは、家族内で、



モノや体験、ご褒美、お小遣いなどに交換できます。



「マナPayでガチャガチャできます!」



みたいなのも面白そうです。笑



(Pay決済風にして、実際にはお小遣いと交換)



この仕組みなら、



初めてのことに挑戦して、



うまくいっても、



うまくいかなくても、



「なんか楽しい!」



「失敗しても、自分がダメなわけじゃない!」



という感覚を育てられるんじゃないかな、と思いました。



もちろん、どこまでうまくいくかはわかりません。



なんせ、これ自体が僕の新しい挑戦なので。笑



でも子どもたちに、



「うまくいかなかった」と
「あなたがダメ」は、まったく別の話なんだよ。




という感覚が少しでも残ってくれたら嬉しいです。



そして、そんな子どもたちの姿を見ながら、



僕自身も、怖れや不安との付き合い方をもう一度学んでいきたいと思っています。



考えてみると、



こんなことを子どもたちに伝えたいと思えたのも、



僕自身がずっと、



「失敗するのはダメだ」



という怖れを持っていたからなんですよね。



そう考えたら。



あれ?



この怖れも、



失敗じゃなかったのかもしれない。



怖れと不安って、本当にややこしい。



でも、



ちゃんと向き合ってみると、



そこから新しい気づきや学びが生まれることもあるんですね。



さて。



「失敗しても得をする銀行」は、我が家でうまく機能するのか?



それも含めて、実験してみようと思います。笑



お子さんがいるご家庭は、よかったら一緒に試してみてください。



そして、



「うちならこんな仕組みにする!」



「自分にも“失敗=ダメ”があるかも……」



などあれば、ぜひ感想を聞かせてください。

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あなたの、マイルールの「種類と度合いの重さ」が、1分でチェックできる心理テストを作ったので、ラクになるキッカケが欲しい方は、試しにやってみてください。

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あなたは小学生や中学生の頃に、イジメにあったことはありませんか?



もしくは、イジメを目撃したことはないですか?



僕の経験則では、この質問を30人くらいの人にすると、9割の人が「イジメにあった、もしくは目撃した」と答えるんです。



そのくらい、子供の頃のイジメ体験は、身近であるあるの出来事です。



で、僕ももれなくイジメに遭い、苦しんだ1人。



中学3年の頃、楽しみにしていた修学旅行で先生とギターを弾いて、女子からチヤホヤされてしまったのが、番長の機嫌を損ね、



「あいつ、調子のってんな!」の号令が発動。



前日や旅行中は肩を組んでいた男友達、しかし翌日からは全員無視。



番長からはボコボコにされました。



机は離され、前の席から回ってくる配布物のプリントは床に捨てられ、靴には虫の死骸を入れられ、ハードな毎日が始まりました。



結局、3学期直前に自律神経失調症になり、慢性的な吐き気、嚥下不調になり、残りはほとんど学校にいけませんでした。



この体験から僕に刻まれたものは主に5つ。

 

1.親しい人は裏切る

 

 


これはけっこう、強烈でした。



あれだけ仲の良かった友達たちが、いっせいに無視をするのはかなりキツかったです。



「あ、友達って裏切るんだ、信頼していた分だけ、こんなに心が痛むんだ」という感覚を持ちました。



ここから…



・味方っぽいけど、敵かもしれない

・人には裏側があり、突然、攻撃してくる

・信頼すると良くない




という、マイルールが追加されました。


しかし、ここに関しては幸運にも、その後の高校生活で友人に恵まれ、ルールの執着/重さでいうと、比較的軽めになりました。



「いい人も、やっぱいるんだ」というのは、救いでした。


 

2.良いことの後には、悪いことが起こる




楽しみにしていた修学旅行。



実際に、旅行中も本当に楽しかったです。



でも、翌日からは真逆の世界で、地獄行き。



これはかなり重いマイルールとして、追加されました。



大人になった今でも、握りしめていた思考クセであり、ある種トラウマでした。



なので、素直に自分の頑張りや成功を喜べない。



「運が良かっただけ、人に恵まれただけ、調子に乗るな、ここで気を抜くと振り出しに戻るぞ…」と、強迫観念のようなものがありました。



だから、自己承認が本当に下手くそで、むしろ自分責めばかりしていました。



これ、いまはこうやって分析して話せてますけど、長年これが、イジメ体験の痛みの記憶だとは、気づていませんでした。


 

3.自分は弱くてダメな人間だ




イジメられた自分は、ダメで弱い人間だ。



親や先生に助けを求める自分は、女々しい、かっこ悪い、強くない、だから隠さないと!



耐えて乗り越えるんだ、人に頼っちゃダメだ。



そう思って、登校した日は、誰とも目を合せず、ずっと席で寝たふりをしていました。



イジメられてしまった自分は、弱くてダメで、排除される存在だ。



これがいつの間にか、“そもそも、弱くてダメで、排除される存在だからイジメにあったんだ”にすり替わってしまったんです。



長年、外面では強がり、優秀ぶり、人を見下す悪癖を持っていましたが、思えばこれが始まったのも、イジメられた後からでした。



“弱くてダメで、排除される存在”な自分を認めたくない一心で、強がり、優秀ぶり、人を見下して心を守ろうとしてきたんです。



「おれは、そんな奴じゃない、なりたくない!」ってね。


 

4.自律神経失調症は今でも尾を引く




限界を迎えたとき、人の心身はこれ以上壊れないために、サインを出します。



発熱と同じ仕組みですね。



僕の場合は、それが自律神経失調症でした。



今でも、たまに不調になります。



あの頃の僕は、ほんとにもう限界だったんですね。


 

5.そのままの自分の否定




これが、この記事で一番伝えたいことです。



イジメは「自分らしくいると、否定される」という、強烈な存在否定につながります。



そのままの自分、いつもの自分、自分のことが好きな自分でいると、攻撃され、無視され、コミュニティから排除されるのです。



つまり、イジメで追加される人生の新ルールとは、「私は、そのままの自分でいてはいけない」というもの。



そして、これが思春期頃に体験するというのも、ダメージが大きい。



人間の脳の成長からしても、思春期頃(10歳~18歳)に、社会性の分野が発達します。



つまり「群れの中で自分はどう立ち回って、安心安全を手に入れ、生きていくか?」というもの。



この、自分のポジション取りが一番敏感な時期に、「自分らしくいると、攻撃され、排除される」という経験は、野生の哺乳類動物や、人類の進化でいうと「危険、不安、恐怖、生きていけない、死」に結びつきます。



なのでイジメ体験は、「自分を出すこと、自分らしくいること」を否定してきます。



本来の自分でいてはダメなのです。



これが、その後の人生でとても大きな影響をもたらします。



・相手の顔色をうかがう

・自分の意見を後回しにする

・相手の好きな自分になろうとする

・自分さえ我慢すればいいと思う

・発言するのが怖い

・やりたいことは我慢する

・そもそも、1人でいたい

・就活でウケのいい自分を演じる



さらに、ここに幼少期の頃の親との関係も重なります。



・100点とった時だけ褒められた

・しつけが厳しかった

・絵を描いても、もっと上手に描けと褒めてくれなかった

・静かに黙ると、優しくしてくれた

・弟や妹の世話をすると、認めてくれた



これ、けっこう、あるあるですよね?



僕たちは、こうやって大小、様々なチクチクするような痛みの記憶が積み重なって、いつの間にか「自分を出すこと、そのままの自分でいること、自分の欲求を満たすこと」が、できなくなるんです。



だって、脳が覚えてしまってるんですよ、その痛さを。



だから、痛みを回避するために「自分じゃない自分を演じる」という、選択肢をとってしまう。



そして、就職する、恋をして結婚する、子育てをする。



ふと、思い出すんです。



「あれ、そういえば、幼稚園の頃は、自分らしく生きれたのに」

「あれ、そういえば、高校の頃は、自分らしく生きれたのに」

「なんで、今の私は、こんなにも息苦しいんだろう…」




それは、本来の自分からの「私に気づいて!私を見て!」の悲痛な叫びであり、満たして欲しい欲求があるサインです。



これに気づいているだけでも、めちゃくちゃ素晴らしくて、チャンスです。



麻痺している人は、そもそも感じませんし、感じても見ようとしません。



むしろ、「違和感を感じている自分は、集中できてない!根性がない!ダメだ!」と、さらに演じる自分を継続しようとします。



そうなる前に、この心の仕組みに気づいてほしいなと思います。



僕も気づけて、本来の自分に還る練習を続けています。



「幸せとは、自分の欲求を満たすこと」



それは、誰かに迷惑をかけて、自分だけよければいい、という自分勝手ではありません。



自分も他人も満たしていけばいいんです。



そして、イジメはイジメてきた側の課題であり、彼らの中の不安や怖れから発動しています。



僕の場合は、番長は「このまま調子に乗ったこっこが、クラスの人気者になるとポジションが奪われる、ヒエラルキーが変わってしまう」という怖れがあったと思っています。



番長も自分の存在に自信がなかったんですね。



いいポジションを取らないと、コミュニティの中にいずらい、という怖れに掴まれてた気がします。



僕を全員でイジメるほどのエネルギーだったということは、それだけ彼も不安で怖かったのでしょう。



(ただ、例外で生来のサイコパスな人もいると思います)



最後に。



イジメのトラウマは、大人になってもなかなか消えません。



ゼロにはなりません。



でも、痛みの度合いを軽くすることはできます。



それは、安心とつながりと自己肯定感を満たす喜び記憶を、今からでも作っていくことです。



僕もその道中であり、実践して、自分を癒やして成長させていっています。



・私は、安心してもいい

・私は、人とつながってもいい

・私は、私を素敵だなって認めていい



この練習をしていくと、イジメ体験の痛みの度合いは下がっていきます。



これは、頭で理論を理解するのではなく、何度も繰り返しワークで自分に染みこませます。



筋トレやダイエットとまったくいっしょです。



筋肉理論やダイエット本を読むだけじゃ、何も変わらないですよね?



ワークで脳と心に、新しい体験をさせていくのが変化をもたらします。



さて、あなたはイジメ体験(された、目撃した、もしくは、した)や、両親との関係で、今はどんな「マイルール」で生きていますか?



・お弁当は手作りじゃないとダメ

・仕事は全力じゃないとダメ

・熱で休むのは弱くてダメ

・先回して気づけないのはダメ

・借金はダメ

・離婚はダメ

・言い訳するのはダメ



このマイルールの「種類と度合いの重さ」が、多くて重いほど、「自分らしく、自分のまま」から遠ざかって生きています。



あなたは、いま、息苦しくないですかね?



あなたの、マイルールの「種類と度合いの重さ」が、1分でチェックできる心理テストを作ったので、ラクになるキッカケが欲しい方は、試しにやってみてください。

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こっこです。



講座やセミナーに申し込んだり、何か新しいことで人生を変えようとすると、

 



「絶対に変わらなきゃ!」

 



という気持ちが高まるのでないでしょうか?

 



普通に沸き起こる気持ちであり、僕もよく共感できます。

 



しかし、この言葉の裏には、本人も気づかない隠れた心理があります。

 

 


それが...

 



(今までの自分が×だから)
変わらなきゃ!

 

 



(今度こそ、失敗するとヤバイ)
変わらなきゃ!

 

 



(お金もかけた、家族も応援してくれてる)
変わらなきゃ!

 

 



こういった心理です。

 



これ、わかりやすく言うと、“今の現状/自分を×と捉えている”という点です。

 



この設定で学び始めると、

 



・思うようなテンポで進めなかった


・途中でつまづいた


・休んでしまった

 



これらが1つでもあると、強烈な自分責めにつながってしまいます。

 



自己否定を解放したくて学ぶのに、ますます自己否定してしまう悪循環。

 



だから、こう考えてみてください。

 



“今までの私、今の私があるから、
この学びに巡り会ったんだ”

 



“今までもそうだし、今もそう。
私はこの学びから何かを得て、身に付けられる”

 



“今までの私、今の私、
ここまで連れてきてくれてありがとう”

 



“ちゃんとしよう!じゃなくて、
今までの自分に感謝しながら、楽しむね!”

 



肩に力が入って、ちゃんとしなきゃ!気合いいれないと!一か八かだ!と力んでいる人は、



「変わらなきゃ!は横に置く」



と覚えてくださいね。

 

 

 

自分を追い込んで学ぼうとする姿勢や意欲は、素晴らしいですが、ガス欠しやすいし、うまくいかないと自分を許せなくなる場面も出てきやすいです。

 

 

 

さらに、「望む対価/結果を得るには、何かを差し出さなくてはダメだ!」

 

 

 

「何かを犠牲にしてこそ、得られるものだ!」と、

 

 

 

学びや挑戦、人生自体をハードモードに設定しがちです。

 

 

 

でも、実は自分でイージーモードに設定してもいいんですよ。

 

 

 

多くの人は「できない、しちゃダメ、世の中そんなに甘くない」と思い込んでて、自分に許可が出せません。

 

 

 

「私は笑いながら学んでいく」

 

「私は楽しみながら学んでいく」

 

「私は払ったお金に満足して学んでいく」

 

「私は家族から理解され応援され学んでいく」

 

「私はラクに変わっていける」

 

 

 

こういう自分で“いてもいい”ですよね。

 

 

 

自分に許可を出せる人は、他人にも許可を出せる人。

 

 

 

僕もこの感覚をもっと磨いていきたいと思っています。

 

 

 

いまもし、「〇〇なんてダメだ!」というマイルールを握りしめて、周囲とうまくいっていない状態なら、この心理チェックテストで強さ/重さをはかってみて下さい。

 

 

 

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僕が20代の頃、地獄のような環境のレストランで働いていました。

 

 

 

小さな個人経営のイタリアンレストランで、繁盛はしていませんでした。

 

 

 

オーナーシェフがとにかくクセのある人で、1年以上継続して勤務したスタッフはいませんでした。

 

 

 

3ヶ月程度で辞めていくことが多く、明らかに空気の悪い職場。

 

 

 

僕はそこで1年働きましたが、1ヶ月で「辞めたい...」と思い、残りの11ヶ月間は「根性を付けるために、耐える期間にしよう」と、謎のマイルールを作って、日々、耐えていました。

 

 

 

では、何がそんなに辛かったのか?

 

 

 

それは、オーナーシェフによる“人格否定”を含む叱責でした。

 

 

 

「お前はバカだ」

「役に立たん奴だ」

「大学出たのになんでアホなんだ」

「もう人として終わってるぞ、お前」

「言って貰えるだけ感謝しろよ」

 

 

 

こういった言葉を毎日、毎日、投げられました。

 

 

 

当時の僕は、実際に仕事が出来なかったし、ミスも多く、さらに自己肯定感もなかったので「僕が本当に悪いんだ」と、真っ正面から受け止めて、全身全霊でシャワーのように浴びていました。

 

 

 

ただ、さらに良くなかったのが、この浴び方です。

 

 

 

オーナーシェフは、お店の経営がうまくいっておらず、毎日、店のワインを飲みアル中状態でした。

 

 

 

なので、閉店すると決まって、酔って「お説教タイム」が始まるんです。

 

 

 

オーナーシェフがカウンター席に座り、その前で僕が直立不動で立って、腕を後ろに組んで話を聞き続ける。

 

 

 

毎晩、1時間...。

 

 

 

で、酔っ払ってるので、まったく同じ話を2,3回するんですね。

 

 

 

もう、リピート再生を聞いているくらい、全く同じ文章を話すんです。

 

 

 

これ、大袈裟に言うと、人格否定を含む説教を、お経のように同じ言葉で1時間聞かされ、トランス状態になってるというもの。

 

 

 

想像して下さい、この日々が、残りの11ヶ月続いたんです、しかも週6で。

 

 

 

今思うと、ほんと、洗脳ですね...

 

 

 

社会人になりたてで、右も左も分からない僕は、さらに自信もなくし、自己肯定感もカラカラになり、死んだように働いていました。

 

 

 

「辞めたい...」

「自分はダメな奴だ」

「根性がない」

「努力できない」

「役に立たない」

 

 

 

そんな、僕が最終的に自分を認めるためにすがったルールが、「1年間は辞めない」「遅刻しない」「休まない」でした。

 

 

 

(オーナーシェフが言うように)無能な僕は、せめてこの3つを守って、迷惑をかけないようにして、評価してもらおうと、本気で思ってました。

 

 

 

「逃げない」という行動が、こんな無能な僕でもできる、がんばりだ。

 

 

 

「逃げない」ということで、自分を認めたい。

 

 

 

「逃げなかった」という結果で、自分に自信をつけたい。

 

 

 

そうやって、毎晩のお説教タイムを過ごしていました。

 

 

 

「もう、傷つきたくない、もう、いい....」

 

 

 

「早く安心したい....」

 

 

 

そう、ツラく泣いている自分が今でも思い出されます。

 

 

 

しかし、逃げなかったが故に、さらに毎晩、人格否定の言葉を浴びせられるので、まさに負のループでした。

 

 

 

逃げたいのに、逃げられない。

 

 

 

逃げることで、口撃からは身を守れるのに、自分を肯定できる機会が失われる。

 

 

 

「逃げてしまう=ダメだ自分」と、「行動と人格」がひっついてしまっていて、もうこれ以上、ダメな自分に落ちて自分を傷つけたくなかったんですね。

 

 

 

だから、逃げなかった。

 

 

 

11ヶ月後、契約終了で店を辞めた僕は、めちゃくちゃ敏感な青年になっていました。

 

 

 

「自分にできる仕事はもうない」

「自分は一生皿洗いだ」

「挑戦するのが怖い」

「次の仕事を見つけるのが嫌だ」

「働くと無能さがバレるので、働きたくない」

「自分は底辺のダメな奴だ」

 

 

 

こんな設定でリスタートを切りました。

 

 

 

想像つきますよね?これ、セルフイメージがダダ下がりなので、ぜんぜんうまくいきません。

 

 

 

その後の仕事でも、そして30代、40代でも「自分は役に立たないダメな人間だ」という感覚は、なかなか消えませんでした。

 

 

 

呪いのようにこびりついたんです。

 

 

 

それほど、人格否定のシャワーは、破壊力があり、尾をひきます。

 

 

 

=============

 

人間も動物です。

 

 

 

不安や恐怖、つまり「感情的な痛み」を感じると、野生動物もヒトも、ほぼ同じ行動をとります。

 

 

 

これは、主に原始の脳である「爬虫類脳」の部分の役割で、主に4パターンの行動があります。

 

 

 

1:逃げる

2:戦う

3:固まる

4:媚びへつらう

 

 

4は、高度な社会性を持つヒトならではの行動ですが、基本は同じです。

 

 

 

4パターンは本能で備わってる機能であり、危険や痛みから身を守るための防衛方法なんですね。

 

 

 

なので、自然であり、普通であり、正常であり、生まれ持った権利でもあります。

 

 

 

「逃げる」という選択も、自然であり、普通であり、正常であり、生まれ持った権利なんです。

 

 

 

でも、当時の僕は「逃げる=ダメ、弱い、卑怯、裏切り、根性がない、幼稚、言い訳、異常、不自然」と思いこんでいました。

 

 

 

しかも、「危険や痛みから身を守るための防衛方法」、つまり“行動の選択肢の1つ”なのに、自分の人格とひっつけてしまって、自己肯定感を下げ続けてしまった。

 

 

 

その結果が、今でも時折感じる「無価値感」や「役に立てる人間じゃないと、愛されない」という恐怖です。

 

 

 

心の仕組みを学んでも、なかなか完全には解放されません。

 

 

 

そのくらい、心の傷は根深いんですね。

 

 

 

でも、どんな最悪の出来事からでも、気づきと学びがあります。

 

 

 

今の僕は、「行動と人格」を分けやすくなりましたし、選んだ行動が“どんな感情からきたか?”を、感じられるようになってきました。

 

 

 

だから、ずっと生きやすくなり、感情的な揺れが小さくなりました。

 

 

 

当時の僕が聞くと、ビックリするでしょうね、笑。

 

 

 

だから言ってあげたいです。

 

 

 

「20代の僕へ、逃げていいんだよ」

「堂々と、逃げなさい」

「心を壊す人から離れなさい」

「本能であり、自然であり、普通だよ」

「自信をつけたり、自分を肯定する方法は、他にもあるよ」

「逃げるのは弱さじゃない、自分を大切にする素晴らしい方法だよ」

 

 

 

イメージの中で、ホッとしている僕がいる気がします。

 

 

 

こんな僕だから、あなたにも言ってあげたいです。

 

 

 

心を壊す人からは離れましょう。

 

 

 

呪いになる前に逃げましょう。

 

 

 

「逃げる」は、素晴らしい選択肢の1つです。

 

 

 

そして、「行動と人格」は分けましょう。

 

 

 

行動は何度でも、調整、改善、修正していけます。

 

 

 

うまくいかなくても、あなたという素晴らしい人格を、結果にひっつけないようにしましょうね。

 

 

 

当時の僕のように「〇〇するのはダメだ!」と、自分に許可がだせていない人は、↓のテストをどうぞ。

 

 

 

その度合い(重さ/強さ)が分かります。

 

こっこです。

 

 

はじめましての方は、

→こちら。

 

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▶自分も他人も許せないのは、

重い「否定のマント」を背負ってるから。

あなたは何Kg?

 

否定のマントチェックテスト

 

▶こっこのYouTubeのチャンネル

 

 

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20代の頃の話です。

 

 

 

就職してからの6年間、寝坊による遅刻や、怪我や病気の欠勤など、一度もしませんでした。

 

 

 

本当です。

 

 

 

28歳で過労でダウンして離職するまで、それらの理由で休んだこともありませんでした。

 

 

 

これだけ聞くと・・・

 

 

 

「社会人なら当たり前では?」

「真面目ですね」

「責任感ありますね」

「仕事熱心ですね」

 

 

 

という評価になりがちですが、真実は違いました。

 

 

 

そもそも、僕はずっと「遅刻はダメだ」というルールを握りしめて生きていました。

 

 

 

そこに「休んではいけない」が合体したような感覚で、強力な“マイルール”、いわば「呪い」のような状態になっていました。

 

 

 

では、なぜこうなったのか?

 

 

 

それは、僕の自己肯定感の不足が原因でした。

 

 

 

一番古い記憶の中では、高校生から大学生あたりで「遅刻=悪」という価値基準を持っていた気がします。

 

 

 

・時間を守れない人はダメだ

・時間を守れないと迷惑をかける

・時間を守れない人は信用できない

・時間を守ることは最低限のルールだ

 

 

 

こうやって、自分の中に呪文のように唱えていました。

 

 

 

そして、これが生まれた土台が「ダメな自分は、せめて時間を守れる人になって、周囲から認めて貰おう」という考えでした。

 

 

 

びっくりでしょ?笑

 

 

 

イケてない、ダメな自分は、せめて時間を守れる人になって、周囲に迷惑をかけないようにする。

 

 

 

そうすると、段々と信用されて「アイツなら大丈夫だ」と評価されて、理想とする優秀な自分になって、認められるはずだ。

 

 

 

仲間に入れて貰える、仲間はずれにされない、一目置かれてチヤホヤされて、大事にされるに違いない。

 

 

 

他に何の取り柄も、自信もない自分は「時間を守り、遅刻しない」に特化した鉄人になろう。

 

 

 

それが、ヘボい自分ができる、せめてもの努力であり、“優秀さ”だ!

 

 

 

・・・・

 

 

 

・・・・

 

 

 

・・・・

 

 

 

自分で当時を分析しながら書いていて、恥ずかしくなってきましたwww

 

 

 

でもね、当時の僕はこれに気づかずに、無意識に「遅刻してはダメ!」のルールを貫いていたんですね。

 

 

 

で、ここでトラブルが起こってきます。

 

 

 

それが、絶対に遅刻しないように、自分に厳しくなってくること。

 

 

 

さらに、他人の遅刻も許せなくなってくる、ということ。

 

 

 

「俺はこんだけ努力して、時間守ってんだから、遅れて迷惑かけんなよ!💢」と、イライラしてしまうんですね。

 

 

 

そして、平気で寝坊したり、集合時間に遅刻したりするルーズな人に、とてつもない嫌悪感を抱いていました。

 

 

 

ここに、心の仕組みの原則があるんです。

 

 

 

“自分に許していないことは、他人にも許せない”

 

 

 

僕がしがみついている、唯一の自信が作れる領域=「時間を守る」

 

 

 

これを軽んじたり、気にしていない人と会うと、「俺はこんだけ頑張って、優秀さを作ろうとしているのに、ラクしやがって!ズルい!!」という、八つ当たりが発生していました。

 

 

 

こうして、仕事をするようになっても、時間を過度に気にして怯え、同時に他人には厳しい目を向ける....

 

 

 

いま思うと、なんて窮屈で、なんて狭い世界で生きてきたんだと、愕然としますね。

 

 

 

でも、それだけ情けない自分をどうにかしたかったんですね。

 

 

 

つまり「怖れからの派生」です。

 

 

 

そのままの自分では認められる自信がないから、劣等感のかたまりだったから、「何か優秀さを手に入れないと!」と、無意識でそのルールに従っていたんです。

 

 

 

すべては、僕の自己肯定感の不足です。

 

 

 

そこがすべての始まりです。

 

 

 

そして、ほぼ同じ理由で、社会人になってからは、(欠勤、病欠)休めませんでした。

 

 

 

インフルエンザでも、胃腸炎でも、顎関節症で口が開かなくなっても、仕事に出ていました。

 

 

 

これも、ヘボくて仕事ができなくて、結果が出せないダメな自分は、せめて休まないようにして、迷惑をかけないようにしよう。

 

 

 

これが、最低限のできることだ。

 

 

 

そう信じて働き続けました。

 

 

 

「絶対に遅刻しない×休まない」、なんだか最強?の組み合わせですよね?

 

 

 

で、どうなったか?

 

 

 

心身共に限界がきて、過労でダウンでした。

 

 

 

そりゃそうでしょ・・・

 

 

 

肉体的な疲れが目立っていましたが、何より感情的な疲れの蓄積が大きかったです。

 

 

 

「自分なんて・・・」

「俺はダメな奴だ・・・」

「役に立てない価値のない男だ・・・」

 

 

 

こんな自己卑下が、自分を追い込んで、壊してしまったんですね。

 

 

 

過労で倒れたとき、心底、「助かった・・・」と思いました。

 

 

 

「もう、休んでいいんだ、やっぱり自分は迷惑をかける情けない奴だったんだ、認めよう、優秀さは諦めよう」

 

 

 

自分は、やっぱり、どうしようもないくらい“自分”だったんだ。

 

 

 

何かで自信をつけようと、もがいても、中身は変わっていなかった。

 

 

 

怯えて怖がる、ただの人間だった。

 

 

 

これに気づき、学ぶまでに、6年も自分を厳しく管理し続け、壊し続けてきました。

 

 

 

いま、改めて思うことは、僕は「そのままで、いいんだよ。大丈夫だよ。認めてるよ、愛しているよ」と周囲や社会から受け入れて貰いたかったんだということ。

 

 

 

ずっと寂しくて、不安だったんですね。

 

 

 

ヒトは痛みを回避し、解消しようとする生き物です。

 

 

 

僕は自分を戒め、いじめ続けることで、それを得ようとしていました。

 

 

 

もし、あなたも「〇〇してはダメだ!」というマイルールを握りしめているなら、何かの痛みを回避/解消するために、それにこだわってる可能性があります。

 

 

 

その痛みが大きければ、大きいほど、「ダメだ!」の度合いも大きくなり、自分にも人にも厳しくなります。

 

 

 

その行き着く先は、「崩壊」です。

 

 

 

自分が壊れるか、周囲との関係が壊れるか。

 

 

 

失って初めて、「自分が何を恐れていたか?」に気づけます。

 

 

 

僕のように。

 

 

 

でも、そうなる前に、軽い痛みや違和感に気づいて、自分の怖れに向き合ってみてください。

 

 

 

僕みたいに、無遅刻、無欠勤を“怖れの感情”から、こだわらないように。

 

 

 

よかったら、参考にしてください。

 

 

 

ちなみに↓から、「ダメだ!」の度合いが測れます。