僕は友人と呼ぶための境界線が昔からよくわかっていない。

たとえばそれなりに仲がいいとは思っていても、自分の中では友人だとは思っていなかったりする。ネットで知り合った人に関してはそれが顕著に出てきていて、もう長いこと同人誌も一緒に出したり、一緒に旅行に行ったりしている仲でも自分の中では友人という括りではなかったりした。それが急に友人だなんて言われてようやく自覚するところがある。

大学の同級生に対しても似たような認識はあった。

というより、大学に関しては何人か退学するくらいには勉学で厳しい場所だったのだが、僕は決して勉強ができたわけでもなんでもなく、人に頼ることがかなり多かった。もちろん自分でなんとかなること自力でなんとかして、その分頼られたりもしていたのだが、自分で私立大学の学費を稼ぎながら勉強もしてなんてやっていたらまともに周りに追いつくことなんて到底厳しいのである。

今同人誌を出すにあたって人を頼ることができているのはそういうところが生きているんだと思う。もちろんお礼は欠かさずに。親しき中にも礼儀ありとはよく言ったものである。

 

多分、僕が友人の境界線がわかっていないのはこのせいだ。

人に対して頼ったり頼られたりすることがあっても、誰かとの関係を利害が一致しているとかそういう目でしか見られていなかった節がある。一緒に遊びに行ったりすることはあっても、それでもまだ友人であることを自覚しない。

自分は割と初対面でもそれなりに話せはするものの、結構頭打ちになることが多かった。ゆえにたとえ仲が良くなったとしても僕の中では知り合い以上友達未満みたいな事態に陥ってしまい、ある時急に他人との距離感がわからなくなってしまう。「あいつノリ悪くね?」みたいなことを言われて戸惑ったことが何度あったか僕は覚えていない。

 

結局のところ、僕は誰かとの利害関係でしか人を見れていないのだ。

好きだったあの人に関しては同人誌のイラストをお願いしたことに加えて、自分にとって初めての地雷ができたことに関して理解してもらえることもあった。同じカプを推したりして書いたり描いたりして楽しんでいたところが一番大きい。

ただ、彼女はそれ以外のところで話せることはあったり、たまにゲームをすることもあった。長いこと創作でしか人と繋がってこなかった自分にとって、こういった人はかなり貴重というか初めてだったのだ。

だからこそ僕が他人との距離感が変わったのは彼女と関わるようになったのが大きい。

これまでゲームをすることなんて一人で黙々とすることがほとんどだったが、少しずつ他人と一緒に遊ぶことが増えてきた。彼女に勧められて始めた某FPSがあるのだが、彼女とはやることは少なかったものの、仲違いをしてからむしろ別の奴らとそれなりにやるようにもなった。

人との関わり方が利害関係でしか掴めなかった自分にとって彼女の存在はとても大きかった。

だがそんな彼女に対しても自分の中では利害関係の意味がかなり強かった。相手が好きなイラストを描くということと、自分が書いた話に対して一番感想をくれていたということに対し、もらってばかりだとしか思えなかったのだ。

今思えば憧れに近い感情を抱いていたんだと思う。ゆえにダメ元のような告白をした。

ある漫画に「憧れは理解から最も遠い感情」とあるが、僕はずっと彼女に対して劣等感を感じていたことは否定できない。だから友人だと言われたときには面食らってしまって本当に嬉しかったのだが、今となっては過ぎた話である。

 

仲違いをしてから自分の中での友人の定義は90度くらい変わった。

話し相手がほしくて作ったグループに関して言えば、僕にとっての地雷を推している奴がそれなりにいるものの、ウマが合うのかリアルでも遊んだりしていたこともあって、お互いにいいところ悪いところをちゃんと把握しながら一緒にいたりする。見方が変われば世界は変わって見える、なんてどこかで聞いたことがあるがその通りだった。

利害関係からでしか友人として見始めることができていなかった自分にとって、友人と呼べる存在はたくさんいたことに気づけていなかった。これにもっと早く気づけていたら、なんて思うもののもう遅いものは遅いのである。

 

ネット以外で言うと、大学での知り合いにも友人と呼べるものはいた。

のだが、まあそのうちの一人は勝手に先走ってあの人に事情を訊ねた挙句、向こうのせいにしようとするわ僕の謂れのない嘘をついたり、勝手に人の気持ちをわかった気になって語り散らかすわで散々なことをされてしまい縁を切った。それなりに遊んだりはした仲ではあるが、自分にとっての不可侵領域に入られてガチギレしたのである。

 

と、その話の続きが最近あった。

縁を切った奴の彼女から連絡があったのだ。

 

 

LINEでも繋がっているだろうになんでTwitterなんだ、なんて思っていたものの後で確認したら両方連絡が来ていた。

無職になった僕に対して就職先を斡旋してくれた奴ではあるのだが、一番されたくなかったことをやられてしまったためにもう関わりたくはない。僕のためにやってくれていたのだとしても、他人に迷惑をかけるのは違うというものだ。

 

 

だが、向こうからしてみれば僕があの人に対していつまでも気にしていることが気に喰わないらしい。

おまけにあの人が逃げているとか言い出す始末だ。

あの人は仲違いをしてからどんな態度であれ、ある程度僕の言い訳を聞いてくれていた。返事はすべて僕を否定するものではあったが、全部僕がやったことを思えば納得はできないものの受け入れるしかなかったのだ。

それが僕があまりにもしつこいから返事をするのをやめただけ。それを逃げたなどと言うのはあまりにも語弊がある。

それに、これは僕の問題だ。他人がどうこういったところで解決するものではない。

そして、こいつからしてみれば彼氏がどうこうなっていることから早いこと仲直りして元に戻ってほしいと思っているのだろうが、僕にとって許せないことをされたのでは切り替えたところで自分の中で心境の変化がない限り変わることはないのである。

 

 

そしてよくもまあ何も知らない他人のことをよくもまあここまで言えたものである。

部外者のくせして好きだった人に対して好き放題言っているところをイライラもしていた。

 

確か、あの人はアホとの会話で僕に対して3回逃げたと言っていた。

1回目は僕が距離を取られたと自覚して絶望しきった状態で「今までありがとうございました」と言ったとき。

2回目は僕が「本音では離れたくないけども本来の関係に戻ります」なんて言ったとき。

3回目が僕が縁を切ったとき。

 

これがこいつからしてあの人の方が逃げているように映っているらしい。

でもなんだか送られてきているメッセージに少し違和感があった。やけに解像度が高すぎる気がするのだ。

あの人とアホとのやり取りのスクリーンショットを見ただけでここまで書けるものなのか。あの人の断片的な主観での説明を聞いてここまで言っていることに対して妙だと思ってしまった。

 

ただ、あの人に対して性格が終わっているだなんて言われて黙っていられるわけがなかった。

どんなことを言ってたにしても、言動と行動が矛盾していたとしても、あの人は理性的に僕と向き合おうとしていたのは事実だ。精神的に限界がきて行動を起こしてしまった僕とは大違いなのである。いや、まああの人が行動を起こしたのがきっかけでこうなったのはあるかもしれないが、縁を切った僕よりかは致命的なものではあるまい。

 

 

本当に言いたい放題である。相手が知らない奴で僕をこんなことにしたという事実だけが一人歩きしているにしても、酷いものだ。いや、知らない奴だからこそここまで言えるところがあるのかもしれないが、それにしてもそういうことを言う奴だったのだと10年越しに本性を見てしまって引いている自分がいる。僕を慰めるにしてももう少しやり方があるだろう。

彼女の主張は僕も言いたいことそのものではあるものの、かといって他人に代弁される筋合いはない。

その主張を向こうに伝えるには、僕が行動を起こして引き返せないところまで来てしまったのだ。

 

こいつの「もっと怒りなよ」の発言にしてもその瞬間は通り過ぎた。

最初の記事では書かなかったが、僕が一番怒ったのは縁を切った直後にあの人がTwitterでこんなことを呟いた瞬間だった。

 

「もうわからん~。努力を返して~」

 

あれでしてたんだ、努力を。と僕は本気でキレた。

人を追い詰めていた自覚がありながら、最後にあんなことを言っておきながら、一体何の努力をしていたんだ?

こっちは必死になって信じようと、信頼を取り戻そうとしていたのにこんな言葉が出てくるなんて本当に拍子抜けしたものだ。あの人は人と関わるのが苦手とは言っていたが、今思えばこっちにいいように言うだけ言って向こうが本気で向き合おうとなんてしてなかったがゆえの言葉だったのかもしれない。書いていてだんだんムカついてきた。

まあ、この怒ってからしばらくしてもう一度話を聞いてみようと行動するわけだが、後は知っての通りである。

 

話を戻そう。

 

 

いちいち相手を貶さないと気が済まないのかこいつは、なんて思った手前である。

こいつの発言がおかしいことに気づいた。

 

あの人とアホのやり取りはささっと見せてもらった。保存はしていないので残っているわけではなかったが、僕があの人にグッズを送っていたことについて話していた覚えがなかったのだ。

 

 

アホから話を聞いたにしてもなんでそのことをあのアホが知っているのかという話になってくる。

僕があの人の住所を知った経緯を聞くにしてもそれなりのやり取りをするはずだ。知らないところで話をしていたにしても手の込んだことをしてこんな細かくてどうでもいいことをピンポイントで削除するなんて行動としてはおかしい。それとも僕がちゃんと読んでなくて忘れているだけなのか?

 

 

とはいえ、本人に訊けというなら話は別だ。

僕があの人の真意を迷惑かけてまで知りたいとは思わないのと同じように、僕は僕で害しかない奴に対して話す義理なんてない。

僕の中では終わった話なのだ。あとは心の整理をするだけなのだ。

 

 

だが、それでもしつこく地雷を踏んでくる奴に対してついにキレてしまった。

僕だってかつて仲がよかった奴に対してブロックなんてしたくない。一度縁を切って痛い目を見ているのだから発言としては本意ではなかった。

でも、これから関わっていいことがないのであればもう縁を切ってもいいんじゃないかと思うところもあった。それこそ利害関係で何一つ意味はないなんて意味ではあるが、あの人のおかげでここ最近は利害でものを考えなくなったことを思い出して正気に戻った。

 

そのはず、だったのだが。

 

 

なんで急にパスコードの話をしたのか、直後に絵の話が出てくるのか。

いろいろと疑問に思いながら考え得る最悪のことが浮かんでしまった。

 

自殺未遂をして鍵をかけずに家を空けていた間、こいつが僕のパソコンを勝手に開いて、中身を見た可能性がある。

スマホの可能性はあったものの、肌身離さず持っていてかつこいつとは会っていない。タブレットは最近壊れてしまって最近修理に出してようやく返ってきた。

その消去法でパソコンという選択肢が出て、見られた前提で聞くしかなかった。

でなければ、僕が未だにあの人のイラストを何かの端末に保存していることを確信しているはずがないのだ。

 

 

結局縁を切った。もう散々である。

この発言からしてパソコンを見たのはもう確定的。それどころか先ほどのあの人のことでやたら解像度が高かったことに対することに合点がいってしまった。恐らくブラウザの履歴やら何やら見てこのブログを見つけてしまっている可能性が高い。

というか百歩譲ってパソコンを見られていたとしても他の発言がもう終わっている。人の作品を何だと思ってるんだ。仮にも僕の書く話を読んでいたような奴がこんなことを言うなんて最悪だ。二度と関わるものか。

 

でもまあ、いいかと思っている。

それならそうで僕の方からしていなかったことのあらましは知らない間に終わっていたということになる。おまけにもう何もしないでほしいという意志も示していることだ。

これでもう関わりたくない奴と関わらなくて済むのならもういいのである。

 

 

 

そういえば、イラストを保存していることで思い出したが、僕はあの人のイラストをいつどこでも見られるようにgoogleのクラウドで保存をしている。

これだけなら特に問題はないのだが、近くこのクラウドの規約が変わるとのことで、保存している写真がAIに勝手に活用されるようになるとの話だった。

あの人のためを思えば避難させておくべきなのだろうが、最近のイラストを見るにウォーターマークも特につけていない様子だ。今の時代、AIに学習されることを前提に諦めて投稿しているのかもしれない。

それに、僕に対して「何かしてやる義理もない」なんてアホに言っていたこともある。こっちからしてもAIに学習される予防線をわざわざ張る義理もないように思えてきた。

 

もう知ったことではない。