思いつき企画第三段。
私的に一番好きな、昭和に転生した2人の過去を想像してみました。
調子に乗って、長めです。
お暇な時に読んでくださいませ💦


焼け野原だ。
見渡す限り...。

真夏の太陽より熱い焼夷弾が東京を焼き尽くした。
俺は...「俺」というもの以外全てを失ってしまった。


あの日、現人神と言われ崇められていた「人」の「玉音放送」とやらを、焼けて見晴らしの良くなった一角のバラックで俺は聞くともなしに聞いていた。

「耐えがたきを耐え忍びがたきを忍び」...そうだ。
正しくそうだった。

この無意味な戦争が始まる前、俺は所謂「御曹司」だった。
東京の大学在学中に、フランスへ語学留学出来るくらいには「御曹司」だった。
親父の事業は先の大戦から好調だった。
俺が跡を継ぐ頃には、日本を代表する造船会社になってるだろう。なにせ国が得意先なんだから。
その下準備として、海外で学んでこいとなった訳だ。

そこで出会ったのが、華族の一人娘、えり子だった。

えり子は、皇族の流れを汲む、正しく「深窓の姫君」だった。
蝶よ花よと育てられ、いずれ顔も知らない男に嫁ぐ...そういう「姫君」だった。
ただ、本人がそれを良しとせず、両親を説き伏せてフランスのこの大学に入学したらしい。
そんな事をやってのける、世が世ならの姫らしからぬ女だった。

「私、前世でフランスの人と恋をしたの」

なぜ留学先をフランスにしたかと聞いた時、そんな事を言っていた。
不思議なことを言う女だと思った。
「じゃぁ、俺は、そのフランス人だな」と冗談を言うと、目を見開いてじっと俺を見「...だったらステキね...」と、目を逸らした。

日本からの留学生同士、会えば話をしたり、食事に行ったりとしていたのだが、いつの頃か、俺の側にえり子がいる事が多くなった。
彼女は、俺が「勘違い」と思う余裕もない程に好意を寄せて来た。

えり子は育ちから来る品の良さと知性と、天性の明るさと可愛さしらを持った女だった。
当然、男どもには人気があった。
俺は、そんな男どもを後目に、喜びとときめきと...少しの優越感を味わっていた。

ただ、時折誰かの面影を探すような目で俺を見た時だけ、えも言われぬ焦燥感に駆られることがあった。


「...あなたにはきっと、そうなんだわ...」
行きつけのパブの一角で、酒で潤んだ目をしたえり子が独り言のように呟いた。

丁度俺の帰国が来週に迫った頃だった。
俺は、今日えり子にプロポーズをするつもりだった。

俺に「何が?」と言わせる間もなく、踊ろうと、止まり木から滑り降りた。

えり子は、ワルツが好きだった。
細い腰をしっかりホールドして二三度回ってやると、「足が浮く」と喜んでいた。

「お前が卒業して日本に帰って来たら、結婚しよう。幸せにする。」
抱きしめたまま、耳元に唇を寄せて囁いた。
「...愛してる。私は...あなたに出会う前から、あなたを愛してた。私の中の誰かが出会っていたから」
俺の胸に頬を押し当て、そう言うえり子。

幸せだった。
あの時のまま止まっていればよかったのに。

「お前の中の誰かってなんだよ」ふっと気になって聞くと、どうせ信じないでしょという顔をして「前世の私」と言った。
フランス人と恋に落ちたという...アレか...。
何、じゃぁ俺は、やっぱりそのフランス人の生まれ変わりだってか。
「私はそう感じてる。だからあなたと出会って愛し合えたのは、運命であり、約束された事なの」
よくわからんが、えり子がそう信じてるならそういう事にしておくか。

俺たちは巡り会った。
それが事実だ。運命であろうとなかろうと...。

「あのね、私、あなたと2人で花火を見たいわ」
なんで今花火なんだと思いつつ、「東京に帰ってきたら、一緒に見ような」と返事をした。

そして予定通り、俺は先に日本に帰国した。
大学を卒業し、親父に付いて後継者としての様々なことを学ぶ。海外にも飛んだ。

2年後、卒業を果たし帰国したえり子と、すぐにでも結婚したかったが、現実はなかなか上手くいかなかった。
えり子が一人娘であり、俺が跡取りだという事が最大の問題だった。
だがここで大人しく引き下がる訳には行かない。
根気よく2人で説得をするしかなかった。

そうこうしているうちに、ヨーロッパから始まった戦争の火の粉が、日本にも容赦なく降り注いだ。

そして運悪く...俺は徴兵された。

出兵のその日、えり子は涙を堪えて笑顔で送ってくれた。
会えない時に思い出す顔が、泣き顔だと切ないだろうと...笑っていた。

「すぐ帰ってくる」抱きしめてそう告げた。
「待ってるから」俺の背に回した手がぽんぽんと優しく動いた。


それが、俺とえり子との最後だった。


九州から南方へ運ばれた俺たちは、敵だけじゃなく、東南アジア特有の自然や気候とも戦わなくてはならなかった。

いつの頃からかよく話すようになった小田は、元々警察官だったらしい。
「志願兵だよ」そんな仕事の人間が徴兵されるのかと驚いていたら人好きする笑顔でそう言った。
「あんただって、金持ちの御曹司じゃないか。逃れるテなんていくらでもあっただろうに」
その件に関しては、曲がったことが嫌いな親父がお袋のそれを止めたという経緯があった。
「人生何事も経験だよ」そう嘯いてみた。
「...あんた...おもしれぇな」小田は、カラカラ笑って俺の背を叩いた。

それは突然だった。
歩きにくい湿地を重い背嚢と弾薬盒に辟易しながら行軍している所を、敵軍に襲われた。
俺はその日、朝から熱があった。反応が遅れた。
近くで何かが破裂した。手榴弾か何かだったと思う。

俺は...死んだと思った。

小田の声が聞こえた気がした。俺を引き摺って下がっているのか...そんな感触がした。
だがすぐ、俺は真っ暗な闇に吸い込まれていった。

目が覚めた。
薄明かりの中に、人影が見える。
ここはどこだ...。
掠れてはいるが、声に出ていた様だ。その人影が近付いて来て、「病院ですよ」と答えた。

生きていた。
そう思う間もなく、また意識は闇に溶けて行った。

次に目が覚めると、前回とは違う人影が声をかけてきた。
俺は、自隊のいる前線から後方にまで下げられて来たらしい。

そこで治療をし、また復帰する予定だった。
ところが...いつまで経っても部屋が薄暗く、人はぼんやりと輪郭だけしか分からない。
意識を失っている間に、外傷の治療は進んでいた。
が、目をやられている事は今やっとわかったという訳だ。
「目かぁ...」
検査の結果、閃光で網膜を痛めたらしい。もう少し見える様にはなるだろうが、兵士としては使えないと、このまま除隊、本国へ帰還と決まった。

運がいいのか悪いのか...。
心残りは、今なお前線で戦っている小田はじめ隊の仲間たちに何も告げられず離脱する事だ。
みんな、死んでくれるな...と祈らずにはいられなかった。

今となっては、よくあのタイミングで帰れたなと思う。

...敗戦は目に見えて確実のものになっていた...。混乱もし始めていた。⁡
⁡俺はラッキーだった。

前回と逆ルートで俺は東京に戻ってきた。
景色は一変していた。
華やかで賑やかだった街は、灰色の重苦しい空気が立ち込め、焦げた柱がそのままの一角があったり、窓という窓にはバツ印の養生がされていたりした。

今すぐえり子に会いにいくつもりだったのだが、お袋が泣いて頼むので、郊外にある知り合いの病院に一旦入院して精密検査をする事になった。

連絡を取ってもらい、数日後には、えり子も会いに来てくれる事になっていた。

その日、夜中に遠くでサイレンがなっている気がして目が覚めた。
カーテンを開けると、東京方面の空が赤く...燃えていた。

体中の血が逆流するのを感じた。
俺は部屋を飛び出した。
あそこには、家が、両親が、えり子がいるんだ!
だが、物音に気付いた看護婦や医師に止められた。
親父の友人でもある医師は、せめて夜が明けてからにしろと言った。お前は目が悪いのだからと。

まんじりともせずに朝を迎え、早々に身支度もそこそこに俺は東京へ向かった。

焼け野原だ。
見渡す限り...。

頼む、生きていてくれ!

そんな願いも虚しく、八方手を尽くしたが、両親と、えり子の消息は依然としてつかめなかった。
聞けば、親父の造船所も空襲の被害を受け、跡形もなくなったらしい。


俺は...「俺」というもの以外全てを失ってしまった。


それからどう生きてきたか覚えていない。

焼け野原のバラックの片隅で終戦を知り、気付けば浅草の闇市を仕切っていた。

ウチのシマは上手くいっていた。
なにせバックがいたから。

復員した小田と再会したのは、終戦から半年以上後だった。

  お互い、無事に生きていた事を純粋に喜んだ。
記憶が曖昧だったが、俺をあの時後方まで引き摺って助けてくれたのはやはりこいつだった。
心から礼をいうと、変わらない人好きする笑顔をみせた。
そして真顔で「傷はもういいのか」と聞いた。
目をやられたと答えると、「似合ってるぜ、その色メガネ」と茶化してきた。
こいつのこういう所が俺を安心させる。

警察官に復職した小田に、俺は儲け話を持ち込んだ。
そう、ここ(闇市)の取り締まりに目溢しをしてもらう代わりにアガりの何割かを渡すという話だ。

綺麗事では生きていけない。
どんなことをしても生き抜かなくてはならない人がここにはいる。

あの無意味な戦争から生き延びたんだ、こんな所で死んじまったらいけない。
俺は、ここのヤツらだけでもなんとかしたいと思う様になっていた。

小田との友情は続いている。
なにもかも失った俺が唯一持っているものだった。

この友情があればこそ、俺は生きていられると今は思う。

いつもの様に見回りに来た警官を追い払い、酒を呑んでいた時だ。
女が、万華鏡を覗いていた。
市の外れでガラクタを売ってるばーさんだった。
見るともなしに見ていたらその向こうに、米兵相手に春を鬻ぐ女たちがいた。
その中に見慣れない女がいた。

一瞬、目が合った。

俺は、吸った息を吐くのを忘れた。

えり子...。

間違いない、少し面変をしているが、あれはえり子だった。

生きていた...生きていてくれた...。

手を伸ばせば届く距離にいる愛するひと。

気付いたのか、昔のままの目で俺を見詰めるえり子。

一瞬で昔に戻った。
幸せな、フランスでの日々。
あの日踊ったワルツ。
結婚を誓い、親を説得に行った日々。
笑顔で送り出してくれた出兵の日。

抱きしめたい...そう思った刹那、えり子を後ろから抱き寄せる男の手が、俺を現実に引き戻した。

そう、えり子も俺も、もう元の様には戻れない。

「必ず結ばれる運命の相手」だとあいつは信じていたが...今生では叶わない愛だったんだな。

米兵に肩を抱かれて去っていくえり子を遠くに感じながら、「来世こそ...2人で。そう、2人で花火を見よう」そう誓って目を伏せた。


読んでくださってありがとうございました。

次は令和...頑張ります。