「世間の...江戸中の人間をあっと言わせるきれェな花火を作るんだ、後学のためこの世のものとは思えねぇきれェなものを見るってのは乙じゃねぇか」
贔屓筋の若旦那にそう言われ、連れてこられた大門の中。
俺は...こんな所に来られる程稼いじゃいねぇし、そもそも花火以外に興味もねぇから、半ば強引に連れてこられた形だ。
日の落ちた廓。朱塗りの格子窓。蝋燭の暗い灯りに映し出される沢山の女たち。
確かに、普段は見られないきれぇな着物...たっぷり入った刺繍や織りの見事さ...や、櫛笄の煌びやかな事には、見入ってしまったが...。
「今日は花魁を奢ってやる。しっかり見て参考にしつくんな。」と、若旦那。
そして、通された楼で、俺は...「この世のものとは思えねぇきれぇなもの」に出会ってしまった...。
黒地に菊の刺繍が鮮やかな、目も覚めんばかりに絢爛な打掛を羽織り、まな板帯には金糸銀糸を贅沢に使った鳳凰が翼を広げていた。
沢山の笄に囲まれた、細く白い面は、意外に快活そうな瞳が印象的な...美しい...とても美しい女だった。
「花火を...夜空を染める大輪の花火を格子越しでない所でいつか見たいと思ってやんす。...そんな日がいつ来るかわかりんせんが...。好きなんでありんす。」
俺の仕事に興味を持ったのか、好奇心いっぱいの様子で、矢継ぎ早に話す花魁に、若旦那は目を丸くして、相方と別室へ消えていった。
「なんでそんな...、花火が見たいんでぃ...」
ご他分に漏れず、女...御月というらしい...は口減らしの為に子供の頃にここへ売られて来たとかで、今まで外に出たことがないという。
「花火は真っ暗な夜空をパッと美しく彩ってサッと散りんす。...そんな生き死にをしたいんす...。」
さっきまでの快活さは消え、苦界に身を沈めた憂いを湛えた瞳が、また美しい...。
言葉を交わし、情を交わすうちに、この女の様な、華やかで美しく、散り際に余韻が寂しく残る様な花火を...作りたい...。
江戸中の人をあっと言わせたい。
なにより...この女を喜ばせたい...。
そう、強く感じた。
「主さん...あちきにそんな花火...見せてくれんすか?」
「あぁ、いつか...俺のこさえた花火を見せてやる。格子越しじゃねぇ所でな」
その次の夏、俺はあの女の様な...そう思えるとっときの花火をこしらえた。
評判は上々だった。
花火師としてちっとは名も売れた。
...俺にしか出来ねぇ花火をこさえて、日本一の花火師になる。
そして、あの女を...いつか大門の外に出してやりてぇ。
出して、自由の身で俺のこさえた花火を見てもらいたい。
会うことすら儘ならねぇこの状態で、無茶な夢だとわかっちゃいるが...。
だからせめて、やっとの思いで骨董屋で買い求めた、この...万華鏡を約束のカタに渡すつもりだ。
若旦那がはずんでくれた祝儀を握りしめ、あの女の元に行く。
僅かな刻の逢瀬。
めいっぱい稼いでも会えるのは一瞬だ。
渡した万華鏡を嬉しそうに覗く女。
愛おしさが込み上げてくる。
「...愛の形見にいたしんす」
「形見...?」
「見受けが決まりんした」
身体中の血が引いていくのが分かった。
そうだ、ここはそういう所。
俺だけの女じゃない。
だが...。
「ここを出よう」
この女を失ったらきっともう花火なんて作れねぇ。や、生きて行けねぇ。
「足抜けは死罪」わかってる!
気付けば俺は、女の手を引いて走り出していた。
走って走って...心臓が飛び出しちまうんじゃねぇかっつくらい走った所で...背中に熱いモノを感じた。
追っ手に斬られちまったんだなぁ...。
泣くな...御月...きれぇな顔が台無しじゃねぇか...。
「いつの日か...2人で...」
そうだ、「いつか」...極楽なんてぇ所じゃなくて、いつの時代か...また巡り会って...今度こそ俺のこさえた花火を見せてやる。
絶対生まれ変わってお前と出会ってみせる。
薄れゆく意識の中で、俺は、最期にそう決めた。
万華鏡よ...それまであの女を...愛しいあのひとを...頼んまぁ...。
お粗末さまでした 🙇♀️