則直城 姫路市 | 山城攻略日記

山城攻略日記

北海道から沖縄まで、日本全国の有名所の城を旅し…
現在は地元・鳥取を中心とした城巡りの日々(^-^)/

則直城(姫路市広畑区則直)

別名:七つ岩城


『飾磨郡誌』によると、則直城は赤松滿祐の二男常陸介則尚、かつて摂州再度山の城を守りしが、後当城に帰りて城主となる。嘉吉の変(1441)には明石人丸塚に戦い、後退して城山城に籠ったが、落城後密かに伊勢に逃れ、康正元年(1455)赤松残党を集めて山名氏を攻めたが、敗れて備前鹿久居島にて自害した。長禄元年(1457)井上伝次郎通忠は赤松則直に従いて戦功あり旧城則直城に帰ることを許された。その裔井上伝次郎安時は則直城に居住した。

(※兵庫県中世城館・荘園遺跡より)


北三郭
北二郭
岩が盾のように囲う主郭
緩傾斜で帯曲輪状の南二郭
ついでに京見山の山頂

則直城遠望
軌跡ログ
実地踏査を元に作成した概略図