私の物語
東京生まれの東京育ち、生まれてからこの方一度も東京23区以外で暮らしたことが無い私ですが、かなり訛りがある喋りかたをするらしく必ずと言っていいほど「何処の生まれの人?」と聞かれてしまい、東京生まれの東京育ちと言うとかなり驚かれます。
こんな私と言う人間について少し語ります。
私は、生まれてからもう大分経過してしまった俗に言う「中年のおばさんです。」…こんな私にも、若いお嬢さんだった頃が有り今となっては輝かしい思い出です。
そうだ眼鏡の話をします。
私は、23歳位までは視力が両眼とも“1.5”だったと思う。
いきなり何故眼の話?と思いますよね。実は今現在に続く自分史を語るには、外せないのです。
私は、23歳から流行り始めたパソコンを使うことが多くなり、視力がどんどん落ちて来たときはショックでした。
近視といわれ、初めて眼鏡をするようになり、コンタクトレンズは一時考えたけどアレルギーとやらで使用できず、それ以来ずっ~と眼鏡のお世話になっていますが、実は近視だから近くは見えるのに、本当は眼鏡をしなくても見える時もあるのに、いつのまにか本来の目的プラス、自分の顔を隠すための道具となりました。
何故か?というと自分で言うのは恥ずかしいですが、若い頃は「容姿端麗」などどお世辞を多々言われた時期がございまして、そのギャップに今も眼鏡を使用していないと、会社に行くにも外へ買い物へ行くときも裸眼では、ここ何年も外へは出られません。まあ眼鏡を外さなければいけない時も多々有りますが、その時は毎回動揺して心臓がドキドキしながら外を歩きます。誰も気にしていないことは良く分かっていても心が言うことを聞いてくれません。
最近の自分を語るには眼鏡を動揺せず外で、外して歩きたいそんな願望ばかりです。
人は「何て心の狭い哀れな人」と私を思うのでしょうが、こればかりは私にもどうしたものかと困り果てます。
何時か、老人になり自分の心が成長した時答えが見つかるのかも知れませんね。
老人でもない、でも若くは無い中途半端な年齢だから考えてしまうのかしら。
そう言いながら、今日も眼鏡を掛けて外を闊歩している私です。