赤ちゃんのいのち
きれいな羊水に育てられる赤ちゃんが少なくなったと言われます。
子宮筋腫、子宮内膜症等若い女性には不妊や流産は、ごく普通のこととなりました。
この100年、私達は人間がこの世の存在の頂点にあるかのように錯覚し、科学文明社会に酔ってきました。
目の前の便利さや、心地よさ、みかけの豊かさを求めて、“いのち”の重みからのがれて、易きに流れてきたといえるでしょう。
経済効率優先の産業界主導の元で、農業の現場からは、農薬や化学肥料により、野菜作りに携わる人の健康も、土壌の健康も失われています。
この農作物のひずみは“自然の前に謙虚であること”を忘れた私達の心のあり方が生み出しました。
このように人の手により始められた化学物質の汚れは、地球を循環し、やがて水に戻り、私達の血液となっていくのです。
じわじわと私達のからだが蝕まれてきたのです。
健康な土に育つ本物の野菜を探しましょう。
外見のスタイルのきれいさではなく、内臓の元気やいのちの輝きを求めていきませんか。
健康な赤ちゃんを抱くお母さんは、まぶしい程美しいのです。
赤ちゃんのいのちは、ミネラルバランスが支えています。
太古の昔から今なお新しい自然の生命を育み続け、生息している沖縄のサンゴ。
日本の海、美しい沖縄の海に“いのち”の源が宿っているのです。
ワタミの介護
お年寄りの食事の時間に合わせてご飯を炊いているという
本物の温かさに出会いました。
感激です。
昔、日本のお母さんと呼ばれていた人たちが毎朝、お台所で用意していた
お味噌汁のにおい・・・
懐かしい温もりを感じます。
家族の仕事に合わせて、食事の準備を整える。
いってらっしゃい!の母の笑顔で一日のエネルギーが、出発していった
ような気がします。
家族に『母の献身』が無言の支えとしてあったような気がする。
だから、母を喜ばせたい。
母を悲しませたくない。
そう、知らず知らずの内に行動するようになり、日本の発展があったと
思われます。
そうです!
家族がおいしいと言って『笑顔で囲む食卓』が一番のごちそうなのです。
嫁ぐ日に娘に贈った『和食』の本が濡れた手でさわって二倍に膨らんでいます。
試行錯誤の上に、母の味を持ち始めています。
ひとつの料理を何回も何回も作って家族の味にしていっています。
台所の横にはいつも4歳の娘が手伝っていて、
ぬかみそを混ぜるのが大好き。
幼稚園の面接で「何がすきなの?」と聞かれて、「おつけのも」です。
と・・おつけもの、と覚えられないような歳で、発酵食品がおいしいと
感じてる。本物が伝わっていきます。
ぬかみそこそ、食べる人の時間に合わせて、糠どこに野菜を入れるという
なんと、母心あってこその一品です。
炊きたてご飯とお味噌汁、お漬物に海苔か佃煮の海産物。
栄養価満点。
具沢山のお味噌汁には、新鮮なビタミンもミネラルも足りています。
炊きたてご飯をいただける「ワタミのお年寄り」は幸せです。
何故、ワタミさんに出会ったのかと言いますと・・・
武蔵野に、サンゴを濾過したお水を15年近く使われているお年寄りがおられます。
ある時、自宅で転ばれて入院しました。
2ヶ月の間、4人部屋の他の人の汚物がとても酷く匂う中で、内の母丈、
匂わない。
とっても違うので、これは介護の現場で、サンゴのミネラルでお年寄りが
元気であること以上に、介護にあたるスタッフが大変、楽にお世話ができる
ようになるのではないでしょうか?
このような提案が寄せられ、いくつかの介護施設に、この事を伝えました。
驚く結果でした。
介護施設は「食事は専門の業者に任せている」、だから当社は感知していない。
では、専門の業者は・・・「うちは頼まれているだけだから、何もできない」。
それぞれ、ネットで見る限り、温かい介護が伝統・・とうたっています。
老人ホームの入居者は、3度の食事が楽しみではないでしょうか?
老人介護は門外漢のわたしですが、う~ん!
現代版、密室、姥捨て山?もしかして・・・?
日本の発展を骨身をけずってやってこられた人々が、食事に関して
あまり幸せな状況ではないのかもしれない。
疑問がわきました。
お年寄りを大事にしてくれる「本物の介護施設」はないものか・・・
そんな時に、ワタミのホームのおじいちゃんが、おさしみを食べれて
喜んでいたテレビ報道を話してくれる人がありました。
ワタミさんの渡邉社長にお手紙を差上げました。
すぐにご連絡がありました。
『ぜひ、みてみたい』。
サンゴを食品として使いこなす方法を、担当の方に伝えました。
そうですか!今、おもゆをお年寄りに、美味しく炊いてあげたいと
とても苦労している。サンゴを使えばおいしくなりそうですね!
初めて聞くサンゴに感動されて、サンゴの資料やデータを何度も何度も
読んだそうです。
そして素晴らしいのが、すぐホームで実行してみましたというところです。
サンゴのお水で炊いたご飯をお年寄りが「おいしい」といって喜んで、
お薬もサンゴのお水で飲まれている。
全然、今までと違うと言っているそうです。
ネット上で美辞麗句を並べるより、毎日毎日、お年寄りがどうしたら
幸せか?
汗をかきながら、お年寄りの目線でお世話をしている『本物』があります。
ワタミの介護の名刺には
『ホームは、ご入居者様の幸せのためだけにある。』
とかれています。
活字にできると言う事は、実践をされているから言えるのですね。
『地球上で一番たくさんのありがとうを集めるグループになりたい』
ともうたわれています。
なんとすてきな温かい大きな思いでしょう!
今の日本を変えていく出発、母が昔、持っていたエネルギーを感じます。
しあわせは、心のこもったおいしい「食」にあります。
お年寄りの食に、いのちをかけているという、担当の山本さん。
おだしをうまくひきたくて、何種類ものダシを合わせている・・
輝く瞳の真剣さ。感動します。
おいしいものを作ってあげたい!
喜んでもらいたい!
本物の日本の母の心が、台所をささえているのですね。
一般の私たちの家庭でも、朝、家族より早く起きて、
家族の食に献身する母の姿が、母のお味噌汁のにおいが、少なくなっている中で
こんなに大切にされて、一生懸命お世話を受けている
ワタミのお年寄りは、しあわせです。
また、つくってきてね!
今では誰もが知っているシンガポール。
35年前、まだまだ、発展途上の若いエネルギーに満ちていました。
昔、この島はシンガー・プラ・・・ライオンの島といわれていたそうです。
この島を見つけたラッフルズ卿が
ジョホール州の王様から買い受け、リー・クアンユウという
優れた指導者のもとに、発展していきました。
石油化学のメーカーに勤務していた夫と共に、この国に3年間お世話になりました。
婦人会のコーラス部で隣国マレーシア・ジョホール州の盲学校を訪ね、マレーシアや日本の歌をうたいました。
みんなでカップケーキを沢山焼いて、おみやげに持参しました。
寄宿舎になっているその学校には、目が不自由であった為に両親に捨てられてしまった
子どももあると聞きました。
一日の食費は限られていて、おやつ代はなかなか難しいと説明を受けました。
カップケーキは子どもたちに大好評で、おおはしゃぎとなりました。
「また、来てね!」
「また、つくってきてね!」
やせた子どもたちの手首を両手で抱きながら、
「きっと、また来るね!」
と別れてきました。
子どもたちのあの細いゴツゴツとした手首。
どんなに苦しい事を背負っているのだろう。
子どもたちは6歳~10歳ぐらい、母親をどんなに恋しく想うことだろう。
自分の両の手に残った、子どもの「手」のぬくもり、硬さ。
子どもらしい無邪気に甘えた「姿」。
それから9年。
私たち家族は、再びアジアに転勤。
なんとそのジョホール州に住むこととなりました。
小学校の6年生と4年生になっていた長女と長男とで
一つ覚えのカップケーキを山ほど焼き、
約束の子どもたちを訪ねました。
嬉しかった。
その頃の子どもたちは、もう成人になっていたでしょう。
元気かな~?
今頃、どうしているだろうか?
ジョホール州では、ライオネスクラブの方々にお世話になりました。
その方々と一緒に、入院中の子どもたちと「折り紙」を折って
遊んだり、いろいろな交わりをさせて戴きました。
最近の世の中は乾ききっていますが、みんな生命(いのち)はひとつ。
自分が大事であるように、人の生命(いのち)も同じ重み。
いたわりあって生きていきたいものですね。
限りある生命(いのち)。
人をだまさない。
人を裏切らない。
赤ちゃんの輝く瞳。なんと素晴らしいでしょう。
みんな神様から、両親から戴いて生まれてくる。
与えられているこんなに大切な心の「窓」を宝物にしてほしい。
家庭の中で、新しい命(いのち)が生まれたり、死んでいったり、普通のことが
出来なくなって、日本人はおかしくなってしまったように感じます。
父の父が家で亡くなったときの厳かな空気を、
父の悲しみを忘れない。
生命(いのち)の「はじまり」と「おわり」を知ることは大切な気がします。
先日友人が、「親が家で亡くなったら大変だったのよ」と話してくれました。
元気なお舅さんで、病院にも行かず、老衰で亡くなった。
「警察が来て、変死扱いで、司法解剖。お舅さんは連れて行かれて、
大変だったの。」
「死亡診断書を書いてもらえる、かかりつけのホームドクターを持っておくと
良いそうよ」
びっくりしました。
元気のまま普通に死ぬことが、事件になってしまうのですね。
ミサイルを飛ばす時代じゃありません。
あの方に、あふれる母の愛があったなら・・・と想います。
甘いでしょうかね~・・・
子どもを持つ「お母さん」! 頑張りましょうね!
あったかい人を育てましょう。
生命(いのち)に「国境」はない。
「母の時代」です。
母が輝く時代です。静かに輝く時代です。
本物の愛情を傾けていきましょう。
子どもは「母」がすべてです。
母の優しさ、ぬくもりを、肌で抱きしめ
子どもに伝えましょう。
4人のお嬢さんを育てられた、尊敬している友人が
子育てをこう教えてくれました。
「抱きしめて、抱きしめて、育てる」・・・と。
「安心感」があったなら、あの方も変われる。
あかちゃんの瞳は宝物。
マレーシアのあの子どもたちも、今では立派な父や母となっているのでしょう。
本物の愛情をそそいでいこうね!
子どもたちをあったかい人に育てようね!
生命(いのち)のふるさとサンゴ礁
沖縄の島々は美しいサンゴ礁に彩られ、
ゆっくりと時が流れます。
沖縄の透き通る海の美しさは世界一といわれます。
サンゴ礁は魚たちの楽園です。
楽しそうに戯れるその姿は、
愛らしく、生き生きとしています。
宮古島の漁師さんに連れられて、
あじさい色のサンゴ礁に出会いました。
夢のような美しさ、
澄んだ世界が静かに広がっています。
サンゴは、
天からのひかりと語り合っているかのようです。
水面からふりそそぐ太陽の恵み、
ここは魚たちのスィートホーム。
サンゴに守られて、いのちが輝いているのです。
こうして幾春秋を重ねてきたのでしょう。
太古よりかわらない大自然の神秘な営み。
私たちは、この大切な自然から
あまりにも遠くへ離れてしまいました。
都会の中で、私たちが着ている心の衣や鍵は、
もうここでは何の意味もありません。
サンゴの打ち上げられた白い浜には
海をわたるここちよい風
潮の香り
波の響き
足元のひんやり気持ちのよい小さなサンゴ
マリンブルーの果てしない水平線・・・
愛のひかりにあふれています。
何という安らぎでしょう。
何という調和なのでしょう。
私たちの思いは、
悠久の時の彼方へとひかれてゆきます。
生きるものすべてに与えられている
愛に満たされて、身も心もくつろいでゆくのです。
素直な自分に気づきます。
夕なぎの浜辺にたたずむと、
自然という大いなる存在の中に生かされている、
このいのちのいとおしさに、
そして、与えられているこのいのちの重みに、
胸が熱くなります。
月がさやかにかかり、
ひとつひとつのいのちが、
かけがえのないものであることをさとしてくれます。生きていることへの感謝の祈りが
こみ上げてくるのです。
この美しい沖縄のサンゴ礁は、
神さまからの愛の贈り物。
何と素晴らしい「いのちのふるさと」なのでしょう。
すべてのいのちをゆっくりと育み癒しているのです。はきものをそろえる
明治10年から、家造りをされていらっしゃる加藤昭治代表を、新潟に訪ねました。
玄関にかわいい靴が二つそろっています。
その上には靴を揃えると、心も揃う・・・と書かれています。
まちのお米の倉庫だったという倉を改造したオフィスは、大変さわやかです。
壁土に珪藻土が練りこまれているのだそうです。
オフィスは二階にあって、中央には楕円形の大きな木で作られたテーブルがあります。
一日の仕事をおえた職人さんたちが、次々に帰ってきます。
「おつかれさま」と奥様の声が迎えます。
「ただ今帰りました」と汗をかいた職人さんたち。
たくましいこの方たちも、あの玄関で「はきものを揃えて」きたのだろうな~。
和やかな会話・・仕事の報告・・という硬いものではなく・・自然な会話がはずみます。
「いってらっしゃい」「おかえりなさい」・・
何気ない日常のかんたんな挨拶の中に、
今日一日頑張れる気力が支えられているように感じます。
「いってらっしゃい」の中には、
「家」にはあなたの無事を祈っている人がいる・・ご無事で・・。
「おかえりなさい」の中には、
「外」ではいろいろなことがあったでしょう、何でも聞いてあげましょう
ゆっくりしてください。と労働の終わりを受け止めてくれる人がいる。
加藤代表のこの空間に、温かい日本の家を感じました。
都会では「家」が「共同生活の場」になってしまいがち。
忙しい・・で失っていく、崩れていく・・大切な精神
はきものをそろえる・・ここから出発なのですね。
我が家でも、中途半端にしていたことを、自然にみんなができるように
していきたい。
マレーシアに住んでいた頃、マレーシアの初代の国王さまのご長女、シャハリア妃殿下(50歳)に遊びながら日本語を教えていました。
現地の友人が我が家に集まり、妃殿下もみえて、みんな得意のおしゃべりで盛り上がりました。
皆さんが帰られるとき、車の姿が見えなくなるまで、手を振って見送りました。
妃殿下は、日本の戦時下にあった時、日本語教育を受けられたそうで「シナの夜」などお上手でした。
あるとき、「何故、ミセス北村は自分の車が見えなくなるまで、見送ったのか?」
と尋ねられました。
エッ!と思いました。
日本では余り気にしないで普通のことです。
あらためて「なぜ?」と聞かれて、そうですね~・・
「『今、会っていたその人の家までの帰りの道のりが、どうか安全でありますように』という気持ちで、お見送りするのかしら・・・。」と答えました。
また、シャハリア妃殿下は、こんなお話もしてくださいました。
「美智子皇后さまがマレーシアをご訪問されたとき、自分はご案内役でお車に同乗していました。スコールで雨が降っているときに、沿道の人々のために、皇后さまは窓を開けられて手を振っていました。ご自分の洋服が濡れるのに・・
自分たちには無いことだったので驚きました。」
自分の心を相手に置くことが出来る・・農耕民族の日本人の素晴らしい精神ですね。
三重県の全盲のお百姓さんが「百姓は毎日、一年生」と言っておられました。
お天気と相談しながら、自然から学びながら、農作物を丹精して作る。
土と共に生きてきた日本人の伝統に育まれた「和のこころ」があるのですね。
また、自分中心では何も出来ない、自然の営みのなかに、作物、生命が初めて成長していく、大自然の大いなる意思や力を日本人はよ~く知ってきたのでしょう。
「おもいやり」は日本人の財産です。
加藤社長の株式会社阿賀・グローバルさんの名刺には、
「お客様の喜びを我が喜びとする職人集」
と書かれています。
それを実践されていらっしゃるお姿に感動しました。
「健康は、天然素材の家から、土・水・木の素材を生かした家造り」
自然との調和を提案されています。
玄関の「かわいい靴」はお孫さんの靴だそうで、「これは自分が揃えたんですよ」
「いつかわかるときが来ると思って」 おもいやりですね。 ジーンと あったかい。
優しさはどこから
子供のいのちが失われる痛ましい事件が続きます。
たったひとつのかけがえのないいのち。
どうしたら、小さな子供のいのちを、いとおしむわたしたち、
優しいわたしたちになれるのでしょう・・
「この国を、なぜ、愛せないのか」櫻井よしこ著のなかに感動の記録がありました。
長野県真田町の教育長、大塚貢氏による勇気ある変革です。
「食」を変えることで見事に子どもたちの体力や気力を回復させて非行はゼロ。学力も群を抜いて上がっていったそうです。
「給食は地元の新鮮な産物をふんだんに食べさせ、学校の花壇には皆で花を植えた。土づくりから始まる本格的な取り組みによって、子どもたちは、体を動かし植物を育てること、つまり、命を育むことを知った。」「学力も体力も、思いやりや優しさもあります。」
何と素晴らしい取り組みでしょう!
子どもたちは幸せです。
大自然の「土」や「水」や「太陽」から「命」が育まれ、その「エネルギー」を戴いて自分の体が生かされていることを知ったからです。
自然の中の神秘的ないのちのサイクルの中に「生命」を感じたことでしょう。
パン食から発芽玄米混じりの米食に切り替え、野菜も卵も果物も地元の穫れたて
を活用したそうです。
正しいエネルギーが体に入れば、体は本来の代謝機能を発揮します。
体内浄化「デトックス」で知られる大森隆史先生も、体内に蓄積された有害物質による健康障害について、20冊あまりの著書の中で、注意を喚起されています。
日ごろ、わたしたちが普通に食べている加工食品から、また、わたしたちが普通に飲んでいる水から少しずつ少しずつ有害物質が取り込まれていきます
真田町の子どもたちを元気にしてくれた地元のお米や新鮮な野菜のなかにはエネルギーの高い栄養素が沢山あったのでしょう。
新鮮な野菜の中に含まれている、豊富なビタミンやミネラルは、きっと大森隆史先生が提唱されている体内浄化「デトックス」に働きかけてくれたのでしょう。
「食」を変えることで「思いやり」や「優しさ」を取り戻す事が出来る。
そのことをはっきりと教えてくれる素晴らしい実践です。
目の前の便利さに流されてしまって、わたしたちは50年も過ごしてきてしまいました。
今のような食生活を続けていけば、人間らしさがどんどん失われていきます。
そんな現われが痛ましい事件の背景にありはしないでしょうか?
和食の文化は素晴らしいはずです。わたしたちの腸も、野菜や海藻を食べるサイズに出来上がっています。
みなさん!青い菜っ葉を食べましょう。
美味しい菜っ葉を探しましょうね。
肉食といわれるライオンさんもシマウマの草いっぱいの「腸」から食べ始めるそうです。
大地や太陽のエネルギーにいのちが生かされているって言う事ですね。
「優しいこころ」が「新鮮な素材で作られる食」の上に育まれていくことを、学校教育の場で示された大塚貢氏こそ、教育者の鑑といえます。
生き生きと輝く目を持った子どもたちは、どんなにステキな社会人になっていくのでしょう。
真の教育者によって「健康な体」と「優しいこころ」を育てられた子どもたちのこれからの成長が楽しみです。
「優しいこころ」は、なんと「青い菜っ葉」が応援しているのですね!
松の赤ちゃん
酸性雨と炭の研究で知られる宮下正次先生のご指導の下に
群馬県の赤城山のふもとを訪ねました。
ブナや松たちの
「死を前にして抗するすべを失った壮絶な姿」が山一面にひろがり、
あまりの痛ましさに息をのみます。
新緑のまぶしいいのちの息吹があるものとおもっていました。
そこには
沖縄本島の海でみたサンゴと同じように、
松の林から「力なく、たすけて~たすけて~」と
呼びかける声が聞こえてきます。
「この山にはもともとは、ブナ「橅」の原生林がひろがっていたでしょう。」と
宮下先生。
山の中腹にその昔を偲ばせるブナの大木が3メートル余りの堂々とした姿で
たった一本だけ残っています。
宮下先生が仲間たちと見つけたそうです。
山道を歩きながら、甘いかおりの木の葉、マンゴウの香りや踊り子草、大山桜など
自然の息吹に触れさせていただきました。
松の木の根元で先生は立ち止まり、「ああ~、これをみてください。」
松の2センチほどの赤ちゃんが3本立ちあがっています。
松葉の上半分は緑色、下半分は茶色です。
「この土が酸性土壌で、この松も生きられないんです」
東京の大気汚染は埼玉まで届いていくと聴いたことがありました。
宮下先生は、赤城山が関東平野のびょうぶの一つとなっていて
この土地に酸性雨を降らせていると指摘されました。
助けを求めている松の姿に、私たちがしてきてしまった誤りの大きさをどれ程
悔いても足りません。
先生は「木」のほうが「人間」よりもはるかに先輩で、1000年2000年と
生きるんですよ。それがこのように立ち枯れて、子供が育たないのですから・・。
続けて先生は、
イギリスにギネスブックに載った「ブナの大木」があるというので、行って見てきました。
この山と同じように、松の子供は全滅です。
そこの土壌を測ってみると、[pH3]の酸性土壌。これでは生きられない。
ギネスブックの掲載から外れたそうです。
せめて土壌は「pH6」位でないと・・・
宮下先生は現地に行って真実をみて測定して貴重な真実のデータをお持ちです。
どんなにいろいろな論点があっても「真実」は唯一つです。
そしてそれはゆるぎのないことです。
宮下先生はご自分で行動されて、ひとつひとつを確認されます。
「今なら、助けられる」と言われます。
花粉症についてもだれもが納得できる真実を自然界から学び取っておられます。
スギは今10年位で、自分自身がこの劣悪な環境の中で生きられない事を感知して
子孫を残すために、全力をふりしぼって大量の花粉をだしている。
スギの自衛のための自然の姿です。
スギが生きられる「土」と「空気」に戻してやる事です。
また、松についてもとても大きな問題を喚起していただきました。
枯れてしまった松を2メートル程に切断して10本程まとめて積み、ビニールシートで
カバーのしてある光景が山はだのいたるところで見られます。
その中には松くい虫の薬をかけてあるのだそうです。
薬で松枯れを防ぐ国の方針だそうです。
薬で治せると信じて、多くの薬を創り出し、それでも治しきれない現実が今、私たち人の世界にあります。
薬だけではどうにもならない事にようやく気づき始めました。
余談ですが「薬をやめると病気は治る」というわかりやすい本の著者でいらっしゃる
安保徹先生を新潟大学にお訪ねした時、先生は、あのね、医者がね、自分が癌になると僕のところに来るんさ。
「先生、薬は使いたくない。どうしたらいいんだろう?」と言ってね。と話しておられました。
これまでアイナ株式会社は、私自身が普通の主婦で専門家ではないと言う立場を
わきまえ、聞きかじりのいい加減なことを述べる事を控えて参りました。
けれども、今。
沖縄のサンゴの窮状と赤城山の松の窮状をこの目で知って、それでも穏やかに
控えていく事は、わが身の保身に過ぎないなあと感じています。
アイナ株式会社にはずっと抱いてきた身にあまる大きなテーマがあります。
それは「元気な赤ちゃんが生まれ、健やかに育てられる普通の社会を取り戻す」こと。
息子の伴侶のふとした言葉「お母さん、私、良かった子供が無事に育って」
「仕事を持っている友達の多くは、第一子を流産している」。
サンゴに出会って、いろいろな若い女性の苦しんでいるありのままの姿にふれて、
このままではいけないなあと感じているときのことでした。
これは大変なことです。
この赤城山で出会った若いご夫婦。
第一子は流産。第二子は死産。第三子はこの子で、と3歳の男の子のことを
話してくれました600グラムぐらいで生まれたんです。
ずっと郡大病院で育った。もう薬は飲ませたくない。
子供の具合が悪くなると、病院へ連れて行け、薬はただなんだから。
と周りの人にいわれる。
この子が大きくなったら、環境に関心を持つような人になってほしいと、
「環士」かんじと名づけました。
野山を元気に遊ぶ環士くんをみながら、いまの環境がどうしてこんなになったか
誰も気に留めない。
友達のお母さんに「薬じゃダメだよ」と言っても、一人だけ変な事言ってると
とられて浮いてしまいます。
もう言わない事にしました。と静かに話してくれました。
他でもたくさんのいのちを育てる難しさに出会います。
母である身の私たちに何か出来る事があるように思います。
健康を食べにきて下さい
今やレストランは女性の城のようになっています。 そんな中、
丸の内の背広姿のサラリーマンで賑わう健康食のレストランがありました。
その名は「野の葡萄」
食べものの優しさが並んでいます。
今から50年以前の日本人は、「穀物」・「野菜」・「海藻」・「近海魚」
「味噌・醤油・酢」をおいしい「水」で、料理してきました。
あねさんかぶりの「おかあさん」が台所にいましたね。
手軽さを求めて、いつしか、伝統の「和食」を忘れて、
西洋の食文化にあこがれ、日本の「水」の料理から、西洋の「油」の料理に
ひたってしまいました。
そんな中で、最近はメタボリックシンドロームという、注意信号が医学界から
発信されるようになりました。
「私たちの健康」が危ぶまれる時代になっています。
おかあさんの匂いのする、ステキなレストランです。
お安いランチタイム・・・1600円 がお薦めです。
予約・・・03-3215-7320
和食は「世界一の健康食」 といわれます。 体が喜ぶおいしさでした。
沖縄のみかん「タンカン」
沖縄の方からみかんを送っていただいた
ずっしりと重い 皮には傷が沢山ある
いくつもの台風の風にも負けずに大きくなったのでしょう
大きいのも小さいのもある
輝く太陽からエネルギーを一杯吸収して こっくりとみかん色
サンゴの海からミネラル一杯の潮風を受けて自分の香りを放っている
カルシウムの大地から栄養を集めて なんとも深い味わいがある
大自然が育てたものは ほんものの存在感を持っている
「食べる」ということは「自然からのエネルギー」をいただくこと
先日 幼稚園児の母親が
「給食費を払っているから うちの子供には いただきます を言わせないで欲しい」
と発言したそうです
「みかん」という「いのち」をいただいて人が生きているということが忘れられてしまっていますね
この母親には食べものが食品となってしまって お金で買うものとなっているのでしょう
この「タンカン」がこうして実るまでに自然からどれだけのエネルギーを与えられてきたか
決して工場でいのちは産まれないのです
自然に感謝する心を毎日の食の中に見い出せる
ほんものの味を子供達に与えていきたい
私たち孫を持つ世代の出来る大切なこと
「タンカン」に寄せて


