2007年製作のアメリカとドイツの合作映画、『いつか眠りにつく前に(Evening)のレビューですスーザン・マイノットの小説『Evening』が原作だそうですが、こちらは未読です。

 

 

監督はラヨシュ・コルタイ(Lajos Koltai)。ヴァネッサ・レッドグレイヴ(Vanessa Redgrave)とメリル・ストリープ(Meryl Streep)の共演が話題になった作品でもあります。

 

人生の終わりが近づき、寝たきりの生活を続けるアン(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)。彼女はベッドの中で夢を見ました。若い頃の自分がたった一人、ボートの上で横たわっている。それを老いた自分が崖の上から見下ろしている。そして夢と現実の狭間でつぶやきます。

 

「ハリスはどこ?」

 

はじめて聞く名前に戸惑う二人の娘たち。

「ハリスって誰?」、そう訊ねると、目を覚ましたアンは言うのです。

「ハリスと私がバディを殺した」

 

結婚に子どもに仕事、全てが順調な姉コンスタンス(ナターシャ・リチャードソン)と、職を転々とし、人生の決断を恐れる妹二ナ(トニ・コレット)。彼女は現在付き合っている彼の子を妊娠していますが、そのことを言いだせずにいます。母の過去のことは放っておくべきと言うコンスタスに対し、二ナは母の言葉が気になって仕方がない。

 

アンは夢うつつの中、話は40年前の過去へと遡っていきます。

親友のライラ(メイミー・ガマー)とその弟のバディ(ヒュー・ダンシー)。ライラの結婚のため、実家に大勢の友人たちが集められています。もちろんアン(クレア・デインズ)もその一人。彼女は友人代表としてパーティーで歌うことになっていました。周りはお金持ちばかりで、なかなか溶け込めないアン。そんな彼女にライラは言います。

 

「素敵なベルトね・・・あなたはいつも、人とはちがうものを見つけてくるのよね」

 

そんな風に、ナチュラルに優しく人を受け入れることが出来るライラ。彼女は結婚をひかえているにも関わらず、どこか怯えたように見えます。弟のバディは見るからにアンに気がある様子。彼は作家を目指しているものの、飲んだくれで、いかにもお金持ちの遊び人といった感じです。一見陽気には見えますが、どこからともなく虚しさが感じられます。

 

(以下ネタばれ含む)

 

そんな中で、バディはアンに紹介したい人がいる、とハリス(パトリック・ウィルソン)を紹介します。彼はライラとバディの幼い頃からの親友で、心優しい誠実な人。バディはハリスとの久々の再開を喜び、二人でボートに乗り込みます。

「一緒に乗ろう」、と誘われるアン。彼らの兄弟のような仲のよさに、どこか居心地の悪さを感じた彼女はその誘いを断ってしまいます。

 

「乗るべきだった」

ベッドの中のアンは言います。

 

次第にアンはハリスに好感を持つように。ライラはハリスが自分の初恋の人だったこと、そしてその気持ちが変わらずにあることをアンに打ち明けます。それが彼女の怯えていた理由。彼女は結婚を機にその想いを諦めることを誓います。

 

ライラの結婚式は無事に終わり、みんなが祝福ムードで盛り上がる夜、結局アンとハリスはどうしようもなく惹かれあってしまった。そして自然とキスをする二人。それを丁度目撃してしまったバディ。いつも以上に酔っ払った様子でアンに絡みだします。彼女にキスをしようとするも避けられ、勢いのままにハリスとキス。自分のしたことに動揺を隠しきれない様子のバディはそのまま立ち去ってしまう。

 

暗い部屋に一人たたずむ彼に寄り添うアン。

「そんなつもりはなかった」、とバディは自分に言い聞かせるように囁くけれど、気持ちが溢れだしてしまう。

 

「俺とライラは幼いころからハリスに夢中だった。ハリスは特別だ」


そのまま堰を切ったように、学生時代から心に秘めていたアンへの憧れを打ち明けます。彼女が授業中に回したメモをずっと大事にもっていたバディ。彼にとってアンは唯一の現実への繋がりだったのかもしれません。けれどアンは親友のバディを恋の対象として受け入れられず、彼の告白を断ってしまう。

 

パーティーの熱も冷めず、度胸試しとして、夜の海に飛び込む遊びをはじめる友人たち(お祝いごとの際にするそう)。遅れて現れたバディはいつもの陽気な態度で取り繕うものの、悲しみを抑えきれず、大量のお酒を飲みつづけます。そして飛び込む寸前、彼はアンに視線を送り、そのまま海の中へ。なかなか上がってこないバディに周りはパニックになり探しはじめます。しかし全ては彼の仕掛けたいたずらで、それに安心するまわりの友人たち。

 

本気で心配したアンは怒りと悲しみを抑えきれず、ついにぶちまけます。

「いつまでも逃げていないで、自分の人生を生きなさいよ」

彼が現実を受け入れられないのはハリスへの愛情があるから、そう気づいてしまったアン。彼の自分への愛情は決して嘘ではないけれど、自分を利用して現実にすがりつこうとするバディを許せない。彼女の気持ちが痛いほど響き渡ります。

 

心配して追いかけてきたハリスに対して、「ここにいたくない」、と伝えるアン。二人はその場を去り、小さな小屋で一晩を共に過ごします。バディはもう一度思いを伝えようと、必死にアンを探す中で車に轢かれ、命を落としてしまう。翌朝事実を知ったアンは一人、ボートの上でたたずみます。ハリスとはそのまま疎遠に。

 

名前を呼ぶ声に目覚めたアン、そこには年老いたライラ(メリル・ストリープ)がいました。

再開を喜び抱き合う二人。

「チャンスなんていくらでもあると思ってた」

「偉大な歌手になれなかった」

そんなアンにライラは応えます。

「いくつかはあったわ」

「あなたの歌う姿は美しくて、勇敢で、私の希望だった」

二人で話している内にアンは再び眠りにつき、ライラは下の階で待つ娘たちに帰りの挨拶を。

 

「ハリスって何者なの?母は何か過ちを犯したの?」

挨拶に来たライラに、妹の二ナがこっそりと訊ねます。

「みんながハリスを愛していた、彼女は自分の人生を生きたの」

そんなライラの言葉を聞いて安心する二ナ。まるで彼女を抑えつけていた恐れが消えていくかのようでした。そして二ナはアンの元へ向かいます。二人で対話する中で、幸せになる努力をすることを約束し、アンは二人の娘が見守る中・・・
 

魅力的であるはずのハリスの印象が余りに薄く、なぜ?と感じていたのですが、途中からそれとなく伝えたいことが見えてきました。ハリスは単に人として描かれているのではなく、理想の象徴として描かれているのではないか、と感じたからです。アン、ライラ、バディ、全く異なる3人、それぞれに、全く違うハリスが見えていたんじゃないか、と思うのです。

 

「ハリスはどこ?」

私の夢は、かつてそこにあったはずの理想はどこへ行ってしまったのだろう、そんな風にも聞こえます。だから二ナはその言葉が気になって仕方がない。彼女もまた、ハリスのような理想を求めていたから。そしてバディと同じように、自分の人生を生きることが出来ていないから。

 

でもみんな、そんな風に理想(ハリス)に夢中で、例えそれが手に入らなかったとしても、それは過ちなんかじゃない。それに気づいた二ナはやっと一歩踏み出して、付き合っている彼に思いを伝えました。時には、理想が余りに遠すぎて、狂ってしまうこともあるかもしれない。でもあなたと一緒に人生を歩みたい。大喜びの彼。ハッピーエンドです。ささやかだけども、心からの安心と、ほんの少しの勇気を与えてくれる、そんな映画でした。

 

 

最後に、アンの反応と"had a crash on Harris"(ハリスに夢中だった、熱を上げていた)という表現からも、バディは友情ではない、特別な愛情をハリスに抱いていたことが分かりますが、それはハリスが特別だからなのか、それともバディはゲイだったのか、は映画を見た人によって意見が割れる面だと思います。製作陣のインタビューでは、「少なくとも、自分はそう思ってるわけではない。バディがそうだと見做すには早すぎるように思う。彼は愛に狂っている」、とのことでした。