こんばんはnonです。


もし、この現実を選んだのは私なんだから仕方ない。
自分の責任だわ!!被害者意識なんてもってはいけないのに!と必要以上に自分を責めている方が居たら、それはそうではないと言いたい。

確かに、自分で選んでいることが現実になるし
自分の思考で現実は作られます。
被害者意識も確かに作られます。

でも、能動的に選んでいるとは限らないのです。
学びと言う意味では能動的かもしれません。

ただ、幼少期に感じた「愛されていない」「無価値だ」等の思い込みは
自分で選んだと言うより、そう思うしかなかったものでもあります。

そう誤解をしてしまうような現実があったと言うことです。
それは、必ずしもあなたのせいではありません。

例えばですよ
暴力を振るわれて、自分は要らないと感じたとします。
さて、これはあなたの責任でしょうか?
そうではないですよね。誰がどう見ても暴力を振るわれた被害者です。

これは紛れも無く被害者です。


いじめも双方に原因はあると思います。
でも、いじめられた子は被害者です。

それは事実です。

それすら、すべて自分のせいだと思う必要はありません。

自分の問題と相手の問題は分ける必要がある。

繊細だったり、弱い人程、自分が全部悪いって感じている場合があります。
その中に怒りがあったりもします。

ただ、怒るのも、悲しむのも健全ではないかな?って思うのです。


怒って当然。悲しんで当然。
それを被害者意識がいけないと責める必要はないんです。

セラピーの多くは、被害者、加害者の立場に置き換えて話をすることが多いし
被害者は加害者であると捉えることが多いです。

でも、それは自分が被害者であることも、加害者であることも認めてからって言う大前提があっての話しです。


被害者である自分。弱い自分。
そこにある自分は守る必要があるし、癒す必要がある。
それをせずにカウンセリングを続ければ、ただひたすら傷口に塩を塗る事になります。

そうではないと思います。
無視されて泣いている子どもに原因を追求したり、解決方法を伝えるよりもまず「それは悲しいよね」って共感してあげるだけで、その子は救われるのではないかと思うのです。

そこで自分に原因があったとしても、なかったとしても受入れられるようになる。

ここで、この共感、理解を後回しにしてしまうと、ドンドン拗ねて行きます。
これは自分自身にも言えることです。

なので、まずは自分が悲しかったこと、辛かったことを感じてみて欲しいのです。

あなたがが、あなたの1番の味方になってあげて下さい。





凍った心も少しずつ解けていくと思います。

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