地方の衰退は誰のせい?  其の参 | 北奥のドライバー

北奥のドライバー

思いついた事をつらつらと書いて行こうと思います。

さて、いきなりですが少々昔話をしたいと思います。現在から四半世紀以上も前の事、私は栃木県の途轍もない山奥にある温泉旅館で働いた事があります。鬼怒川温泉の脇を通り抜けてその先に有る川治温泉も通り過ぎ、更にその奥にある湯西川温泉(栗山村)という県境に近い場所に位置する温泉郷です。ここで働いておりました。

 

どういった経緯でここで働く羽目になったのかは長い話になるので割愛しますが、まあ、随分とこき使われました。求人票には「フロントマン募集」などと書いてこそおりましたが、実際にフロントのカウンターに立たせてもらった事は一度もなく、「兎に角、(特に男は)ありとあらゆる雑用、力仕事をこなして業務全体を網羅的に知らねばならないから」という名目で、随分と色々な仕事をさせられました。

 

一度「修行で雑用を数年こなすのは当然として、どういう条件付けが揃えばフロント・内勤者になれるのか?」と上司に問うたと事があったのですが、体良くはぐらかされた記憶があります。まあ、接客労働系の仕事には、こういった事例が多いのでしょうね。

 

そんな湯西川温泉も他の温泉地同様に「案内所」というものがありました。予約なしのフリー状態でフラリと訪れたお客に旅館やホテルの空き部屋を紹介するもので、特にお客の多かった80~90年代前半は忙しい事も多かったのではないでしょうか。

 

そこで私は一人の女性と知り合います。彼女は生まれも育ちも宇都宮市で、市内でOLをしている時に旦那さんと出会い結婚、後に男子を出産しますが、それから数年たったある日、突然夫が「故郷の栗山村に帰って観光・記念撮影を生業としたい」と言い出したのだそうです。

 

まあ、現在は見る影もありませんが、当時は旅館業が大盛況な時代でしたので、これでも食っていけると考えたのでしょう。彼女は反対したようですが、最終的に旦那さんに押し切られる様にして宇都宮市のど真ん中から栗山村に引っ越し、息子さんも地元の小学校に転校する事となります。

 

旦那さんは「故郷に錦を飾れた」と大喜びだったようですが、その妻である彼女自身や息子さんにとって、この土地は必ずしも暮らしやすい土地ではなかったようです。

 

私は寮住まいだったのですが、食料の買い出しに出かける際に必ずこの案内所の前を通る形になっていましたので、よく「オニーチャン、ちょっと寄っていきなよ」とばかりに呼び止められて、よく色々な愚痴を聞かされたものです。何の利害関係もない他所から流れてきた他人同士、寧ろ腹を割って本音をぶちまけ易い所も多分にありました。

 

この彼女が語った愚痴の中に印象深い話が幾つかありました。

 

「引っ越してきて相当の時間が経っているにも関わらず、相変わらず余所者扱い、空気のような扱いで、『お前は真の仲間ではない』といった雰囲気がそっちこっちに漂っている」

 

「案内所で仕事をしていると、野良着や作業着に身を包んだ中高年の地元の男性、女性たちが通りがかりに『街育ちの女は気楽で良いな、そうやってただ椅子に座っていれば金を貰えるのだから』とよく嫌味を言われる」

 

「極めて性格に難のある男でも、男である、というだけで持ち上げられ、勝手気ままや他者に対して暴虐的な振る舞いを犯しても大目に見てもらえる。逆に女は隅に追いやられ我慢を強いられるし、まして余所者の自分は尚更冷たい扱いを受ける」

 

……また息子さんも苦労しているようでした。如何にも「都市の文化的な環境で育ってきました」と言わんばかりの色白で優しげな雰囲気の子で、実際、半歩踏み誤れば野生児のような地元の子供たちからイジメのターゲットにされる可能性の高い微妙な人間関係の中にいたようで、常にストレスを抱えていたのか、概ね言葉は少なく伏し目がちな雰囲気でした。

 

正直言うと、私もこの土地に有る因習めいた価値観や田舎特有の「壁に耳あり障子に目あり」と言わんばかりのプライベートの無さ、それに男性の大半は不良めかした粗暴で強引な雰囲気を漂わせている人ばかり、といった環境は好きではありませんでした。

 

「男は飲む・打つ・買うで当たり前。悪い遊びを散々こなしてヤンチャして一人前だ」と言わんばかりの男根主義的な価値観が蔓延した環境で、こういった事に全く興味の無い青年であった私はよくタチの悪い揶揄い(からかい)や嘲笑の対象とされる事も多く、よくウンザリさせられていましたので、一応男ではありながらも、彼女の抱える不安感や孤独感もいくらかは理解できました。

 

こんな田舎特有の因習や不寛容、男根主義的な価値観の蔓延した環境で暮らさざるを得ない奥方の苦悩をよそに、当の旦那さんは「そんなものはお前の気のせいだ、ここは兎に角良い土地なのだ」と言い張るばかりで全く耳をかさなかったのだとか。

 

まあ実に面妖な事ではありますが、大体脱サラして田舎に帰りたがるのは男です。「田舎に帰って手打ちそば屋を開きたい」などと突拍子もない事を言い出すのも概ね男だと思われます。これは田舎(故郷・実家周辺)というものが男にとっては住み良い場合が多いからです。しかし、女性はそうはいきません。

 

前にも書きましたが、その土地が持つ将来の持続性を測る最も手っ取り早い方法は「女性の流出率が高いか否か」を見る事です。何故なら「その土地に住まう上で立場が弱くなりがちな者、順応力が低めな者でも広く包摂できるか否か」というのが人口の維持、増加には不可欠な要素だからです。で、日本の地方自治体の殆どは残念ながら落第点だと言わざるを得ません。

 

で、何故こうまで地方の女性の流出が止まらないかというと、端的に言えばこの手の地方振興策が上記の「写真屋の旦那」みたいな視点で行われるからです。だから結局は死屍累々、失敗例の山という事とあいなる訳ですね。

 

これも反復的な内容になりますが「その土地の慣習、因習に馴染める適合者ばかりを求める方法」を取る限り、人口減少は止まりません。包摂力の無い土地は先細りを起こすしかないのです。

 

そうそう、一見関係ない話のようですが、思い出した序に。

 

かれこれ二十年近くも前になるのですが、あるラーメン店でアルバイトをしている際に、不貞腐れた働きぶりの女の子が数人おりました。

 

理由を聞くと「求人に事務員募集と書いていたから応募したのに、採用が決まっていざ働く段になるや、オーナーから『事務・経理の仕事はウチのカミさんや娘たちがやるから君らはホールで接客係をして欲しい、まあ、数年後には事務仕事の補助をさせる事もあるかも』という言われ方をして、不本意な形で接客仕事をしている」というのです。

 

以前も書いた通り、昔と違い現在の若者というのは手や靴を汚さず働けるオフィスワークや店舗内販売員といった室内労働を望む者がとても多い。

 

こういった心理に付け込み「将来は内勤にしてやれる……かもね」という曖昧な表現方法で求職者を謀る(たばかる)手合いが世の中には一定数いるものです。

 

ちなみに私は「業務全体を俯瞰的に理解させる為に、特に最初の数年間は雑用めいた仕事をさせる」という考え方自体は否定いたしません、ただ、仮に修行の為に現場労働をしても「こういう所まで辿り着ければ希望する業務への登用可能性も出てきますよ」という、大まかなゴールラインを提示するべきでしょう。

 

はぐらかしっ放しで「まあ、何時かは登用可能かもね」といった態度は不誠実に過ぎるというものです。

 

で、実に残念ながらですが、地方の企業というのは、このラーメン屋みたいな就職先ばかりだという事です。そして何よりも地方振興のトップにいる人々がこういったコアな問題に無関心なんですよね。何時までも人口が増えない訳です。