タクシー会社の値下げ競争に歯止めをかけるべく施行された法律を巡っての裁判がありました
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原告は大阪市のタクシー会社『ワンコインドリーム』(保有90台)。このワンコインドリームは国が定めた初乗り運転幅(この地域は660~680円)を大きく下回る500円(現在は510円)で営業していた為、運賃変更命令等の行政処分が下されないように求める訴訟を大阪地裁に起こしていた。
大阪地裁は11月20日、同社の請求を認め、処分を差し止める判決を言い渡した。西田隆裕裁判長は「業者の経営実態を全く考慮せずに行程運賃幅を決めており、裁量権の乱用」と述べた。
同種の裁判は他に大阪、福岡、青森の各地裁で5件起こされているが、判決は初めて。今後のタクシー規制に影響を与える可能性もあるのと事。
国土交通省近畿運輸局が「中型車は660~680円」に運賃設定したが、ワンコインドリームは従わず、大幅に安い運賃で商売を続けていた為に、最悪、事業認可取り消しの可能性もあった事から同社が訴訟に踏み切った。
西田裁判長は「新制度(要するに去年施行された特措法)以前の時点において、経営状態や不当な競争の恐れが無いなどの確認を経て認可されていた」と指摘。ただちに労働条件の悪化やサービス低下などが生じるとは言えない、と述べた。
これは「以前、キチンと法律に従い審査も経た上で国の機関自身が許可を下したのに、今更 ”やっぱり国として都合が悪くなってきたから、アンタのやって来た商売はこれから認められない” なんてムシのいい話は通りませんよ」と、まあ、そういう事でしょうね。
この裁判それ自体は、国の法律を根拠に規制の網をかけようとする地域の役所と、それに逆らい、もっと自由な商売をしたがる民間企業との戦いです。
しかし、その本質には『昔から国の規制にブラ下がって命脈を保ってきたタクシー業界』VS『規制緩和の波に乗って参入してきた悪賢い新参者』との戦いといった側面も間接的にではありますが、存在すると私は考えています。
ただ、世間の一般的な考え方として、消費者が安くてサービスの良い会社を支持するのは当然です。裁判で不利なだけではなく、コイツはなかなか世間の支持も得られないように感じます。
とはいえ、私は個人的に昨今の規制緩和以降出現した、激安価格や高水準の接客を売りにしているような会社に関して、学ぶべき所が多々あるとも考えてはいます。が、トータルで言えば、諸手を挙げて支持する気分にもなれずにいる、というのが正直なところです。
こういった会社もまた、規制緩和以前から存在した古い会社同様、その多くは仕事を失って困っている中年層の足元を見て、酷い労働環境で働かせているケースが少なからずある事に変わりはないからです。
勿論、従来のタクシーと違って安売りをした上でも尚、キチンとある程度の安定した給与を払い、乗務員を酷い労働環境で働かせるような事もせず、その上で真っ当に利益を出しているというのなら、申し分ないのですが。ただ、そんな会社は滅多に無いのが現状でしょう。
そして、既存の国と二人三脚路線の会社達はどうかと言えば、これはこれで相も変わらず困ったものです。そもそも、末端の乗務員を昔から法的に怪しい酷い環境で働かせていながら、いざ自分たちの経営が厳しくなると国に守ってもらおうなどと考えているのですから、ムシが良いにも程がある。
確かに新規参入組で国の指導に従わず、好き勝手な商売をする会社も少なからずあるわけですが、果たして古参の会社や関係団体、又は国にそれを批判する権利はあるのでしょうか?
というのも、元はと言えば、規制緩和以前から存在した多くの会社は「我々は普通に労基法を守っていたら利益が上がらない特殊な業界だ」などと言い訳をしつつ、数十年かけて、業界の中に脱法的な労働文化を作り上げ、乗務員を過酷な環境で働かせ、国は国でズルズルとそれを今日まで(不本意だったのかもしれませんが)正す事も出来ず現在に至っているわけです。
考えようによっては『狡っからい新規組の会社』というのは、単に元々存在したタクシー業界特有の脱法文化に、ただ後から乗っかって来ただけの存在とも言えます。
長らく脱法に次ぐ脱法で、国の法律が機能不全になるまで食い荒らし、国家の根幹をなす『法治主義』の概念に後ろ足で砂をかけるようにして、高度成長期から数十年間、好き勝手に利益を上げてきたのに、いざその脱法文化を逆手にとって躍進してきた新参者にその存在を脅かされるようになるや掌を返すようにして「法律を守れ、業界の秩序を守れ」などと、一体どの口が言えるのか、そう考えたくなってしまう事があります。
そして、特に近年において、理由はどうあれ、このような脱法的な労働条件をズルズルと受け入れてきてしまった各労働組合にも一定の反省点は有るし、その他の各関係組織にも一定の責は有ると思います。
以前も書いた通り、この業界に横たわる過当競争と貧困の問題を道路運送法の規制のみで何とか正そうという考え方自体、土台無茶な考え方だったのです。
「失業するよりマシだろう」、「この方が働き甲斐があるだろう」などと詭弁を弄しつつ、数十年間に渡って労働基準法をグダグダに骨抜きにしてしまった時点で、この業界の衰退は運命づけられていたのかもしれません。
タクシー業界に限らず、介護業界にせよ、土建業界にせよ、トラック業界にせよ、これらに共通しているところかもしれませんが、「自分達は不景気になる度に、失業者の受け皿として社会に貢献してきた業種だ」という、ある種の驕りもあったのかもしれません。
「仕事が有るだけマシだと思え」といった精神文化に取り憑かれ、現在よりも遙かに景気の良かった時代から末端の労働者に対して過酷な労働を強いた挙げ句、現在は何れも人手不足に苦しんでいます。
タクシー業界が、ここまで荒れ果て、高齢化と人手不足に苦しむようになったのも、ある意味当然の帰結だったと言えます。
さて、ここまで書き散らかしてきてナンですが、話を最初の裁判の話に戻したいと思います。
『国から規制の庇護を受けて商売したい会社』にしても、国の機関にしても、現在の戦術では決定的に戦況不利である事を受け入れるべきでしょう。これは私の勝手な想像ですが、青森、福岡の裁判も国側が非常に不利なように思います。
最悪の場合、連戦連敗を繰り返し、特措法に賛同しない会社に有利な世論作りに利用される恐れすらあります。世の中にはタクシーの過酷な労働や不安定な給与の問題など歯牙にもかけず、ひたすらに従来の国の規制とそれに従って営業する会社を『既得権益』などと呼んで批判する知識層も存在し、メディアに強い影響力を持つ者も多いのが現状です。
彼らの多くはハッキリ言って、自由競争で起こる価格破壊とサービスの向上といったテーマにしか殆ど興味がないように思います。乗務員の貧困問題もアリバイ作り程度にサラッと語るだけです。なんとなれば、彼らはこういったサービスを消費する側で、主に都市生活者の中流ホワイトカラー以上の人間が主な支持層の知識人だからです。
新規参入組のタクシー会社の中には、こういった『サービスを消費する側』の支持を巧みに取りつけて、巧妙な宣伝を伴い事業を推進してきた事業者も多い。メディアや規制緩和論者の知識層を味方につけた業者というのは実に強い。それがたとえブラックな企業だとしてもです。
彼らは国の規制に守られ、高めの運賃に安穏とし、質の悪い乗務員の再教育に関しても「金も時間も無い」と言い訳ばかりしてきた古参の会社に対する消費者の不信感を巧みに掬い上げ、メディアや知識層の支持を取り付ける事で市民権を得る事に成功しました。
そして、こういった会社は法律的な知識、戦略にも長けているケースが多い。もしかすれば、『そういう会社』同士の法的知識を融通し合う横の繋がりもあるかもしれません。
「オタクらの会社や組合が、国の指導下のもと、皆でチョットずつ損を分かち合ってでも生き残りましょうといったルールを作るのは勝手だが、それに賛同しない会社の営利活動にまで口出しするのは違法だろう」と言われれば腹立たしいかもしれませんが、それはそれで尤もな話です。これを正面から切り崩すのは至難の業でしょう。
国や旧来の会社は、これまでため込んできたツケが思いのほか大きかったという事です。業界の関係者達は大いに反省するべきでしょう。