やけに空が高く感じた。
涼しい風に揺れるスカートに擦れてスーパーの袋が音を立てる。
夕暮れ時の少しひんやりとした空気を吸い込んだ。
この丁度いい気温もそう長くは続かないんだろうな。
「お…」
通り過ぎた一軒家からカレーの匂い。
子供の頃、この匂いにお腹を空かせて家路を急いだっけ。
今では「やっぱカレーの匂いって反則だよな」って言うあなたの声が耳元に浮かぶ。
歩くスピードがちょっとだけ上がった。
大通りから逸れた細い道の角を二回ほど曲がればもうアパートが見えてくる。
建物の向こうからの夕日の逆光に目を細めながら目指すべき部屋のドアを見上げると
丁度ドアの鍵を開けているんだろう、愛おしい小さな猫背が見えた。
「声かけてくれりゃ鍵あけといたのに」
ジャガイモやニンジンを冷蔵庫に仕舞う私に、一足早く部屋についていた和也が靴下を脱ぎながら言う。
「呼んだら近所迷惑になるかなって」
「大丈夫でしょ。2階よ?ココ(笑)」
長袖を脱いでシャツだけになった時に跳ねたまま直してない後ろ髪が、好き。
「メシなに」
「カレー…じゃなくてハンバーグ」
「もしかして裏の細道抜けてきた?」
「あそこの小さいけど新しい一軒家から香りが…」
「やっぱり?あそこ今日カレーだろ絶対(笑)」
ああ。普通の会話だ。 普通の、会話、だ。
野菜室を開けたまま無口になった私に、テーブルに肘ついて顎を手に乗っけた和也が
「ピーマンそんな嫌いだっけ」
ぼそっとした声で聞く。
「…好きですー」
ギクシャクさせないのがこの人だと思う。
単純にそういう空気が本人も嫌いなだけかもしれない、とも思う。
多分。
やっぱり多分、ばっかなんだなぁ。
「…じゃあなんで涙目なってんのよ」
…なんでこういう時だけそんな優しい声になんのよ。
「ホントよく泣くねぇ(笑)」
「ごめ…大丈夫だから。ごはん作り終わるまでだから見ないフリで」
「作り終わるまで?(笑)
…そんなんいいのに別に…」
あなたのズルさを知る、まだ何も知らない今。
急かすように迫ってきていた夏は、もうきっと始まっている。
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