寝る前の血糖値が
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であった。
食後3時間の値であったから、高い数値だ。おそらく退院後で最も高いものだと思う。原因はと? 頭をひねった。自分なりの答えはこうだ。軽井沢への一泊旅行で食生活を乱したばかりなのに、帰ってきて、つまり、昨晩に、夕食後沖縄から届けられたお菓子、サーターアンダーギーを一個食べてしまったからだ。小麦粉である。揚げ物である。砂糖がたっぷりであるの魅惑の三拍子そろったお菓子である。うまかった。仕方がない。我慢した方が悔いが残って、別に意味でストレスが残るだろうに。
それで、夜に見た夢が血糖値を測っているものだったが、こうした夢だけは見たくなかった。そして、朝がきた。ニュースなどを聞きながら7時になって、朝の空腹時の血糖値を測ったら、なんと
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であった。低い。退院後最も低いものではなかったけれど、減薬になってからは最低値である。最高から最低に。今回に限ってという意味でなら中庸というのがない。これだから糖尿という病気と向き合うのは難しい。
有酸素運動も毎日苦労して3カ月したからといって次の3カ月しなくてもいいわけではない。毎日毎日して、ここに公表している数値なのだからして、大変なのだ。
最低、自転車を20分走らせる。わが住処から、それを満たすとなれば、方向で指し示すのは難しいのだが、歌舞伎町のゴジラが見れる。江戸川橋の神田川が見れる。早稲田大学の大隈講堂が見れる。大久保駅が見れる。もう少しだけ時間を伸ばすならば護国寺が見れる。道に迷わなければ哲学堂が見れる。中井駅だって見れる。原宿駅にたどり着ける。鳩山記念館を拝める。鬼子母神社も花園神社だって参拝できる。
そんな変化を楽しめるのだが、それにしたって毎日では飽きる。近所には公園が結構あって、そこら辺をグルグル回るのが、交通的には安全なので、そうしている。そこらで人間観察をしているのが面白い。公共の公園なのに毎日同じ地回り(らしい)が毎朝来ていたりもする。ご苦労さんである。通常、午前中に会うのだが、午後も運動しようと足を運ぶと、また会ったりする。本当にご苦労さんである。地回りの職業は地回りなのだから、それ以外のことはしていないことがわかった。ただただ公園に来ている人の顔を覚えて回っているだけのことだ。トラブルなんてないのだから楽な職業である。給料はどのくらいなんだろうか、などと余計なことを考えてしまったりもする。時々、ホームレスっぽい人にジュースか何かを渡しているから、給料はともかく金は持っているのだろう。あ、また余計なことを。
要するに朝の公園を彷徨っていると、そのような光景に出会うというだけの話なのだが、子供を遊ばせている保母さんの性格がわかったりもして、人間観察は病みつきになる。時々、子供に話しかけられもするが、そのそばで親なんかが心配そうな顔で見ているから、怪しい人じゃないことをアピールしたりもしなきゃならない。清掃の人からは、「これで何キロ落ちるの?」なんて尋ねられたりするのだが、
「実は糖尿で、、、」
と答えるに恥ずかしい自分がいることに気づく。わざわざ言うこともないか。
今日はちょっとコースを変えて、高田馬場は栄通りにある床屋で散髪、その帰りには駅前のブックオフを物色(山岡荘八の随筆集「睨み文殊」を読み終えたから)。そんなことを楽しんだ。頼まれたパンを買ったり、安売りのキッチンペーパーを求めに行ったりをしながらだと有酸素運動は続けられる。最初のうちはしゃかりきだったのが、3カ月経って力が抜けてきて余裕が出てきたというべきか。そう思っていたらあの究極のアホゲーム、「ポケモン GO」の配信が始まって、自転車漕ぎに危険が迫るようになったのが残念だ。ヘッドホンまでして、サンダル履きで。一人若者が両手を塞がれたまま、前かがみに倒れそうになって持ち直していたが、倒れていたらモロ顔面を打っていただろうな。照れ隠しをしながら再びゲームを続けていた。乳母車を押しながらポケモン探しをしていたヤンママ、注意する気にもなれん。なんか今回は愚痴っぽい。