『10台のうちに本当に読んでほしい「この一冊」』(河出文庫、2016)を読んでみた。自分にとってのこのような本があるかと考えてみた。 ない。ただ、16、17ころに読んで記憶に残っているのが二冊ある。ひとつは「高校放浪記」(稲田耕三、角川文庫)、もう一冊が”破格”という言葉がキーワードになっている石原慎太郎さんの小説だ。
 高校放浪記を出してきて、あとがきの最後の部分を読んだ。思い出した。
『高校生、あるいは若者は、それぞれ一人一人家庭環境も異なれば社会環境も異なる中で、また、その時その時の様々な心理状態の中で、千差万別の青春を送っています。 しかし、それらの一つ一つが本人にとっては真実の、そして、生きるべくして生きている青春なのです。 その対象が一流大学に入学することであれ、恋愛であれ、信じる思想を実行することであれ、また、社会や学校に対する怒りを全身でぶっつけることであっても、その対象とするものに利害や得失、または社会的束縛を無視して全力でぶっつかっている点では大差はないのです。 他人や、級友や、両親や、先生方がどう意見し、どう思おうと目的に向かい突き進んでしまう強い力。 いわゆる大人と呼ばれている人たちはすでに
社会的制約、秩序という鎖の中で、大きな夢や野望を持ち、自由奔放に走り回ることを忘れてしまっているのです。 三無主義だ、四無主義だという批判の中にはこういう大人たちからの強烈な羨望が込められていることを忘れてはいけないのです。 しかし、私自身の体験をも含め、青春がある対象への全力の傾注ではあっても、はたしてその対象が、それに価するものであるかどうかをかんがえなければいけません。 過ぎ去った日々を振り返った時、後悔だけが残るとしたら寂しすぎるし、また、悲しすぎます。 また、その対象が青春時代のみに限られたものであり、青春が過ぎ去った時、大きな夢や理想の消えうせた自分だけが残っているというのもみじめすぎます。 青春時代に追求したものを一生かけて追及することほど、素晴らしいことはないでしょう。 たとえそれが一生追及し続け、なおかつ得られぬものであったとしても。』

 何歳になっても残りの時間をかけて追及できるものがみつかればいいし、見つけたいと考えて暮ら
していこう。 拝
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