ともだちのYが独立して会社をつくるにあたって、夫婦でフランス(イタリア?)に旅行して、そこでおつれあいに会社をつくることを話した。「あんたそれを言うためにわざわざここまできたんか?」とおつれあいに言われたらしい。
 このはなしを思い出して、Yはおれから見たら理想の夫にうつった。
 Yには立派な夫としての器、分がある。

 哲学者 鶴見俊輔さんと作家 吉田満さんの座談に以下がある。
(昭和を語る—鶴見俊輔座談、2015、晶文社、p199~200)
(吉田)「少し、海軍のことを調べてみたんですが、海軍の組織としての頂点は日本海作戦(1905年、日露戦争における日本・ロシア両海軍の決戦。)にあったんですよ。本来、日本海軍は、加藤友三郎(日露戦争時、連合艦隊参謀長)まで、戦わずして勝つという思想でやってきた。戦って勝つほどの軍備は国力からしてとてももてない。しかし、アメリカが攻めてきたときは、マリアナの線で殲滅できるだけの艦隊をもち、訓練をする。だからアメリカも簡単にはせめてこない。それが日本の海軍としてできるかぎりの軍備だった。それで例の八八艦隊をつくり、しかもその後、自分でそれを削減して、五、五、三という比率に英米の海軍を押さえ込んだんですが、これも、マリアナの線まで引き付ければアメリカを防衛できるという、一種の平衡感覚的なもの、あるいはさっきおっしゃられた抑制力があったからできたんです。ところが、その思想も一度崩れだすとひじょうにもろく、三国同盟(1940年)まで一気に行ってしまう。だから、太平洋戦争の日本の海軍の敗因は、日本海海戦で立派に勝ちすぎたことにあるという人もいいます。当時はあの戦争(日露戦争)の勝利の意味するところの理解はかなり正確なものがあったと思うんですが、その後は過大な自己評価だけが残って抑止力がきかなくなってしまった・・・・・・。」

 自分の器とか分というものをわかってないと失敗する。
 おれの場合は失敗したからわかった。ただ、子をもつ分はあるように考えたい。
 個人の事なら影響はそれほど大きくないが、国のうごきがその国の器、分を超えてしまうと国民は(他国の方々も)とんでもない目にあわされる。このことを忘れずにいたい。
『自分の実力の不十分なことを知ることこそ、自分の実力になる』アウグスティヌス(古代ローマ);実力の不足を自覚すること、この積み重なりがいつしか実力になっていくのだ。;「名言・格言・ことわざ辞典」(増井金典、ミネルヴァ書房、2015)。

 とりあえず、選挙には行こう。
(^-^)ノ~~