【『「自分には、その行為に責任があるのだろうか、ないのだろうか」という疑問が心に浮かんだら、あたなに責任があるのです。』ドストエフスキー(ロシア);自分に責任があるのか、ないのか、そういう疑問が、かすかにでも心に浮かんだら、まずまず、すべて、責任があると思ったほうが良い。確かに真理である。】(名言・格言ことわざ辞典、増井金典 著、ミネルヴァ書房、2015、p133)
友人PさんとのLINEで、彼の仕事の年度ごとの報告書がHPにあがってないことについて話した。まとめている余裕がないとのことだった。リーダー的立場でもある彼のことなので想像はできた。おれは、自分の担当の分くらいはできるのではないかと考え、それはひどいのではないかと書いた。彼のLINEがつながらなくなった。
あくるひ、おれは言い過ぎたと考えたので、内線電話で「勝手なことをいいすぎました。ごめんなさい。それだけです。」と言って、電話をきった。・・・その後も、携帯はつながらない。月曜日に職場に電話して、「ブロックしてますか?」ときこれでいかがですか(^-^)/
http://s.ameblo.jp/improveman/いた。「・・・もういいですか」などそっけない返事。改めて、きちんと本人の前に行ってあやまろうと・・翌朝7時半に彼の自宅に行って、「先日は電話で失礼しました。この間は失礼なことを言って申し訳ありありませんでした。」とわびた。彼はおれの目をみて「そのことはもういいんや・・・それだけ?・・・」と言ってドアを閉めた。
『・・・友人の道とは、相手の足らないものを施し、優しいことばで語り、利益をはかり、常に相手を思いやり、正直に対処する。・・・』(仏教聖典p232公益財団法人 仏教伝道協会、2015文庫版)
『人は親しむべき友と、親しむべきでない友とを、見分けなければならない。・・・(略)・・・親しむべき友とは、ほんとうに助けになる人、苦楽をともにする人、忠言を惜しまない人、同情心の深い人である。 ふまじめにならないように注意を与え、陰に回って心配をし、災難にあったときには慰め、必要なときに助力を惜しまず、秘密をあばかず、常に正しい方へ導いてくれる人は、親しみ仕えるべき友である。 自らこのような友を得ることは容易ではないが、また、自分もこのような友になるように心がけなければならない。・・・』(同上の本、p234-235)
自分の思いやりのなさにあらためて気づく。拝
友人PさんとのLINEで、彼の仕事の年度ごとの報告書がHPにあがってないことについて話した。まとめている余裕がないとのことだった。リーダー的立場でもある彼のことなので想像はできた。おれは、自分の担当の分くらいはできるのではないかと考え、それはひどいのではないかと書いた。彼のLINEがつながらなくなった。
あくるひ、おれは言い過ぎたと考えたので、内線電話で「勝手なことをいいすぎました。ごめんなさい。それだけです。」と言って、電話をきった。・・・その後も、携帯はつながらない。月曜日に職場に電話して、「ブロックしてますか?」ときこれでいかがですか(^-^)/
http://s.ameblo.jp/improveman/いた。「・・・もういいですか」などそっけない返事。改めて、きちんと本人の前に行ってあやまろうと・・翌朝7時半に彼の自宅に行って、「先日は電話で失礼しました。この間は失礼なことを言って申し訳ありありませんでした。」とわびた。彼はおれの目をみて「そのことはもういいんや・・・それだけ?・・・」と言ってドアを閉めた。
『・・・友人の道とは、相手の足らないものを施し、優しいことばで語り、利益をはかり、常に相手を思いやり、正直に対処する。・・・』(仏教聖典p232公益財団法人 仏教伝道協会、2015文庫版)
『人は親しむべき友と、親しむべきでない友とを、見分けなければならない。・・・(略)・・・親しむべき友とは、ほんとうに助けになる人、苦楽をともにする人、忠言を惜しまない人、同情心の深い人である。 ふまじめにならないように注意を与え、陰に回って心配をし、災難にあったときには慰め、必要なときに助力を惜しまず、秘密をあばかず、常に正しい方へ導いてくれる人は、親しみ仕えるべき友である。 自らこのような友を得ることは容易ではないが、また、自分もこのような友になるように心がけなければならない。・・・』(同上の本、p234-235)
自分の思いやりのなさにあらためて気づく。拝