宮台真司・飯田哲也「原発社会からの離脱 自然エネルギーと共同体自治へ向けて」を読む。


以下、抜粋。

『賛成反対(推進対反対)の二項対立ではなく、すなわち二項対立の議論で勝ったとしても現実が変わらなければ意味がない。

現実には、原子力発電で生まれたゴミは処理しなくてはならない。そのための実践的な知恵が必要だ。

そのために機能する法律、工学技術、安全管理体制が要る。、政治的には二項対立でぶつかっていたものが、円卓で平等に意見を交換しながら、多様な利害関係者で「あなたは何に貢献できるか?」という話になる。環境NGOの活動から、もっと職業的な「インスティテューション」(制度・公的な集まり)に変わっていく。・・・二項対立から知の創造モードに切り替わっていく。・・・スウェーデンなどの北欧社会は市場メカニズムを上手に取り入れながら、・・・、炭素税を燃料の価格に組み入れてあとは市場メカニズムで石油が減るというように、経済メカニズムにきちんと「環境」を入れて、あとは市場にゆだねるということをした。・・・・』


この二項対立の阻止の出発点になっているのがチェルノブイリ事故の後にヨーロッパ市民社会の方向性を提案するものとして刊行されたウルリッヒ・ベックの「リスク社会論」(邦題『危険社会』)だそうだ。

宮台さんの要約に寄れば「もととも、予測不能、計測不能、収集不能の高度リスクの代表事例である原子力発電に、われわれはすでに依存しているので、イチかゼロというわけにはいかな。しかし、その危険は市民、市民社会に及んでしまうがゆえに、市民の自治によって是々非々で解決するしかないんだ。」ということだそうだ。


そして、市民の自治をすすめるために市町の規模程度の市民が見渡せる規模で市民が政治家を通じて行政官僚(公務員)を使う自治のシステムに変わる必要がある。まずは、一人ひとりがこのことを意識して行動を始める必要があると考える。


・・・3連休!やっほー!