午前中に家を出て山中先生のところに向かった。

県内のほぼ端から端まで。ちょっとした列車の旅行だ。

 福井駅構内の店で土産を物色。50代後半2人と80前後1人の3人家族だろうから、

菓子ではないもので先生の近くにはなさそうなものを考えた。

 結局、金沢名物のゴリ(川魚であるカジカの金沢の方言)と川エビのつくだ煮を買った。

 昼には少し早い時刻だったが、昼ごはん用にマツキヨでカロリーオフのペットのミクルティ

(最近はまっている)を、コンビニで野菜サンドを買った。

 福井駅から約3時間。現在仲間とともに講演会を企画中であるM台教授の東京の中学校での授業が載せてある本を読んでアイデアを考えた。

商品の詳細

 あきたら眠って、また、ほかの本を読んだ。外の景色はほとんど見ないうちに

最寄のM松駅に着いた。考えていたほど長く感じなかった。

 先生はホームに立って、丁寧に頭を下げてくださった。恐縮してオレも少し下げた(はずだ)。

 先生の濃いワインレッドの軽自動車で家へ。

 

 途中の国道沿いで、ヤシの木に気がいった。波は白くなって少し高いようで、風もあった。

 先生は午前中にお母さんを病院に送っていったことを話された。50代後半の人たちの多くは

日常的に親の体の心配をする立場にあるのだ(実家の兄貴夫婦も同様)。

 国道を右折して在所の細い道をとおり、駅から5分ほどで家についた。

 向いの家にも大きなヤシの木が1本直立不動って感じで立っていた。7、8mくらいあった。

これだけで南の方に来たって気持ちになった。近頃の温暖化で、もともとヤシの木の生育の

北限近くであったこの土地もヤシの木にとっては生きやすくなったのでないかとおもったりした。

 

 先生の家は、実家と同様この地域にふつうにある農家の家って感じがした。

玄関に入った時、外観の古さとは違う雰囲気を感じた。濃い茶色の上品な感じの板の間になって、バリアフリーに配慮してあるようだ。昨年、名古屋からこっちに戻られたあとリフォームされたそうだ。

 居間は元々の柱を出して天上を高くしてあり、開放感があった。余計なお世話だが冬の暖房費がかかりそうなので、窓の二重化(最近俺んちはした)をおすすめした。


エキサイティング-先生の家


 先生のお母さんと少し話した。「N子はいつの時期の担任か」などときかれた。86歳。体がいうことをいうことをきかなくなったといわれたが、口調の方はきちんとされていた。夫をなくされ、一人娘の夫婦が戻ってきてくれたお母さんの心は仕合せとホッとした気持ちでいっぱいなのだろうと想像した。

 お茶とロールケーキをいただいた。

 俺らの担任をされたあと、実家の近くの学校に転勤され、そのあとまもなく高校の同級生だった旦那さんとクラス会がきっかけで結婚されたそうだ。

 旦那さんが俺の実家の隣町の出だと知った。現在は町の外郭団体に勤務するとともに在所の耕作放棄地の再生に力を入れておられるとのことだった。自分の在所をいまよりも自給自足できる場所(自立できる集落)にすることはすばらしいことで尊敬するのみだ。田んぼの仕事から長く離れている俺は少し情けない気持ちになった。

 

 すでに独立されたお子さん(男1女1)のこと、小4のとき同級生のノブさんが2階の階段の手すりから転落した事故とのこと(白い帽子に血がにじんで、帽子をとったら頭がぱっくり割れていたことをきいた。35年間の教員生活の中で最大の事件だったようだ。教員1年目にこれを経験された先生のその後の教員生活への影響をきかずじまいだった。次の機会に聴いてみよう。)を話された。先生が大阪大学卒だったことを初めて知った。


 俺は、同級生のみんなは元気だと話した。みんなの仕事のことを知ってるかぎり話した。BONが近くのK町にある銀行の支店長をしていると話したら、「今度、顔を見に行ってみようかな。」とうれしそうにツイート。

 俺のことは、中学でてから今の仕事につくまでのこと、高三の娘の進路のこと、3年前になくなった親父と入院中の母の話した。自業自得の持病の話になって、1日2000k㌍、よく噛んでたべること、運動・筋肉をつけること、夜は食後3時間あけてから寝ることの大事さ、HBA1C(ヘモグロビン・エー・ワン・シー)、随意血糖の値のことにまで話がいった。先生58、俺45、親の年が近いこともあり、”目線”はほとんど同じだ。

 帰りの列車の時刻を話すとコーヒーを淹(い)れてくださった。直径20cmくらいの丸い黒い箱にある菓子をすすめられ、チロルチョコの抹茶味をいただいた。


 1時間45分では時間が少ない。先生の子供時代の話、部活、学生時代に観た映画、聴いたレコード・・・・ききたいことがまだまだあった。


 同級生のみんなにも「いつでも遊びに来て」とのことだった。


 帰りの駅までの車の中で、泊りは難しいが美浜での集まりならいけるのでまた声をかけてほしいとおっしゃっていた。


 O線の列車の中では半分眠っていた。乗り換えのT駅ではちょうどサンダーバードが来たところだったので乗り込んだ。これで予定より1時間早く帰宅できた。  



おわり。