「勉強ってなんでしなきゃいけないの?」
勉強嫌いな生徒はよくこの質問をします。
読者の皆様はどのように答えますか?
「いい大学に進学して大企業に就職するため」、「将来必ず必要になるから」
「あなたのためなの」、「学歴社会だから」 etc....
私はどれも正解だと思います。
しかし、どの答えも「現代社会が学歴社会であること」が大前提に基づいた答えである
と思います。 逆に言えば、学歴が就職に一切関係なければ勉強は必要ないと言うことでしょ
うか? もちろん机上の空論ではありますが。 本やネットでこの問に対する答えを見ても、
しっくりする解答を見つけることができませんでした。
なので、この記事では僕なりの答えを書いてみました。もし私の考えに対して批判や、また別の意見がございましたらコメント下さい。
↓↓ 「なぜ勉強をする必要があるのか?」 ↓↓
まず、生徒の立場に立ってこの質問を噛み砕いてみると、
「どうして学校で5教科を学ぶ必要があるの?日常生活において役に立たないよ。」
ではないでしょうか?
「勉強」という単語を現代において聞くと、どうしても国数社理英の学習と捉えがちですが、
本来勉強とは、「学ぶこと」ではないでしょうか。勉強が嫌いだと言う生徒が、昆虫図鑑を
楽しそうに眺める、足が早くなりたくてその方法を考える、
女の子を落とすためにテクを調べる。
どれも立派な「勉強」です。 勉強をそう捉えてみると、「勉強」とは生きていく上で必要不可
欠なものではないでしょうか? 私自身21歳の若造ですが、毎日が勉強です。
以上のことを生徒に説明した上に、生徒への質問に答える必要があると思います。
故に本題は「学校で5教科を学ぶ必要があるのか?」になります。
つまり、「僕は医者になりたいから、理系科目だけでいい」 「私は歌手になりたいから、音楽
の授業以外必要ない」と問われた場合、どのように答えるかです。
私の答えは「それでも学校で5教科を勉強する必要がある。」です。
理由は、3つあります。
1つ目は、一般的な答えと同様、「良い大学に入り、大企業に勤めるため」です。
ただし、この理由は「勉強」がもたらす副次的な理由に過ぎず、勉強による本質的な効果では
ないと思います。
頭の良さが全てではありません。しかし、現代においていかんせん学歴社会である
以上は勉強ができることは就職において有利には働くことは否めません。
2つ目は、「5教科の知識は日常生活において必要だから」です。
国語の授業で読み書きを教わらないと、生きていけません。
グローバル化してる今、英語も必要不可欠なものです。
算数の九九、四則計算も、買い物のときなどに必要です。
理科も現実の生活に直結した現象等を理解する上で必要です。
社会も18歳に選挙権が今後下げられる今さらに必要性は増すのではないでしょうか。
「じゃあ、日常で使わない因数分解や微分・積分は必要ないじゃないか!」
という反論が生徒から飛んできそうです。
僕もそう思います。中学生から自分のしたいことが明確で、その夢に向かって今後
その分野のみの勉強をする。理想的だと思います。
ただ現在の日本において、そのような中学生が何割いるでしょうか?
少数派であることは否めないなと思います。
高校卒業するまでは平たく全教科ある程度まで勉強し、大学に入ってから専門的に勉強する
ことが、今の日本教育においてベストではないですが最善策ではあると僕は思います。
3つ目の理由は、「考える力を養うため」です。
しかし、はっきり言いますが、
現在「考える教育」は施されてません。日本は「暗記教育」です。
大学入試で問われるのは、「どれだけ覚えているか」です。
歴史の勉強で覚えるのは、、「いつ誰が何をしたか」。
英語などは「暗記教育」の影響が顕著で、TOEICなどのペーパーテストの平均点は諸外国
と比較しても高いのにもかかわらず、ほとんどの日本人は全く喋ることができません。
長文読解方法など高得点を取るためのテクニックを教わる。
そして、その暗記した知識もしばらくして忘却の彼方へと、、、
果たして、この暗記教育に意味があるのでしょうか。
日本教育は「考える教育」へとシフトチェンジすべきではないでしょうか。
では、「考える力」は重要なのでしょうか。
僕は、考える力が生きていく上で一番大事だと断言できます。
そして同時に、周りには阪大生という世間一般的に見て賢い学生が多いのにもかかわらず、
いかに考えていない人が多いのかも痛感します。
「考える力」とは「物事を疑う力」だと思います。
「なぜ勉強する必要があるのか」 「どうして髪を染めてはいけないか」 「どうして就職する
必要があるのか」 「嘘をつくことはなぜ悪いのか」
日々常識を疑い続けることは非常に大切なことです。
懐疑心を持たず、ただ盲目的に何かに従うことはまったく主体的ではありません。
主体性とは自分の頭で考え自分の意志で行動することです。
日本人はよく主体性がないと言われますが、その原因の一つに教育にあると思います。
自分で考えず、なんとなく大学に入ってなんとなく就職してなんとなく生きている人がなん
て多いことか。いわゆる社会のレールから脱線しないように生きているだけの人
が多いです。
本題に戻すと、教育において考える力を養うためには、暗記ではなく、「なぜか」を問うスタイ
ル、受動的な授業ではなく、能動的な授業にすべきです。
社会の授業では、
「なぜ日清戦争が起きたのか?」 「民主主義は万能なのか」 「選挙はなぜ義務化されてな
のか」、 どれも考察に値する議題だと思います。
アメリカやイギリスの若者はしっかり自分自身の政治的意見を持っています。
日本人はどうでしょうか?みなさんは政治に対してしっかりと意見を持っていますか?
他の教科に関しても同じではないでしょうか。
「なぜ学校で5教科を学ぶ必要があるのか」、それは国数社理英がどれも考察に値するもの
であり、別の角度からの思考ができるからだと思います。
以上の3つの理由が「なぜ勉強するのか」に対する僕の解答です。
もし他に意見がございましたら、是非参考にしたいのでコメント下さい。