肩書が偉くなるほど、人間性が低く感じてしまうという現象。 | 潜在意識を書き換えれば、未来を変えられる!

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無意識を扱う経営コンサルタント~柳沼佐千子

肩書に偉いのがたくさんついてくるほど、
人間性も高いとどうしても期待されてしまうよね。

イメージです、勝手なね。


肩書いっぱいあるひとが、
人間性も比例していないこと多いよね。

そのとき、ものすごいーいがっかり感でいっぱいになるわけ。


昔、プロゴルファーを目指していたとき、
地元でスポンサー的な立場の方が、

その当時の有名なトッププロゴフファーをイベントに呼んだことがあったんです。

その中のイベントで、
数人、個人レッスンが受けられるというものがあって、

わたし、特別時間をとってもらうという配慮をいただきました。


すごいよね~今考えると。



でね、実際は、その短時間のレッスンを受けて感じたのは、

トッププロへのあこがれやすごーい!と尊敬していた気持ちが、
一気にダウン。


理由は、
人間性が、、若い当時の私にとって 予想をはるかに下回った
言い方、態度、教え方 だったわけなのよ(*_*;


あー がっかり。


その瞬間から、私の中では、
いやーな人物に変わってしまったよ~。



肩書、立場、いろいろと役職をたくさんついている人は、
特に気を付けなければならないですよね。


ギャップが普通の人より、ひどく感じるから。



それだけ、立場の肩書と「人間性」に評価が集まるよね。

「人間性」がイマイチなのに、
もし、その人の周りにたくさんの人がいるなら、


完全に「利害関係」な人だけ。


その人から、「利」を得ることがなければ、
さーーっと人が去っていくでしょう。


そういうの、わたしは好きじゃない。


いつも、「人」とお付き合いすることにしている
だから、上の立場とか肩書がすごいからとか

気にしません。


だから、自分の思い通りにならない!と
わたしをコントロール、自分の部下のように「配下」」に思う人とは
付き合わない。

上も下もないと私は思っているから。


人として、付き合える人。
たとえその人の肩書がなくても、「人」として付き合いたいかどうか?


その基準です。


相手が失敗したとき、
あれっ、どうしたのかな? と思うとき、


寛容な広いココロで相手を感じることができる人。


いつも完璧になんていかないし、
事情がその人によってあるし、
いつも体調がいいとも限らないし。

人生、みえないところで、その人にも私にも
いろいろ起きているものです。


目の前の現象で
即時に、思い込みで判断しないことですよね。


つい、この前も2回出したけど、メール返信こないときがあって、
そのとき、自分がどう感じるのか?

ですよね。


「忙しくて、返信している暇がないのかな」
「単純にたくさんメールがきていて見落としているのかな」と考えるのか

「無視した!」と怒るのか。



その時はね、わたしはそのあと電話したのよ。
そしたら、見落としていた!ってそれだけ。その人は悪気もなにもないのよ。



自分の心の物差しと心の広さがすごく大事だと思う。
それが、人間性の一つだよね。


相手にたいする怒りは、「自分自身に腹が立っている」人が怒る。
疑り深い性格の人もあるね。


感情は、自分の心の問題。
心の洋服の重ね着しすぎている人。
「こうすべき」のお洋服。いくつも重ね着のように、
自分の心を覆いつくす。


「こうすべき」

のべきべきが多い人が、怒りの多い人ともいえるよね。