自分の要求どおりに人を動かすには、いくつかの方法がある。

ある人はカネの力で、また、ある人は策略を用いて、人を動かそうとする。

しかしここでは、自分の人徳や人間的な魅力によって人を動かす方法について考えてみたい。

 

◎人を動かす力とは。

 人を扱うことほど難しいことはない。近ごろ頻繁(ひんぱん)に起きている中・高校生のいじめ問題なども、教師が生徒を統制(とうせい)しきれなくなったことを、ハッキリと証明している。

 まして、大人を多数部下として使っている場合は、もっと難しい。役所や大企業での正規雇用は別として、老後の保障もなければ、いつ倒産やリストラをされるかわからない不安があるような中小企業では、従業員が定着しにくい。給料も安く、将来性もないこんな会社にいて、つまらない経営者に怒鳴られながらコキ使われるなんて……と日頃から思っている従業員なら、ほんのちょっとしたきっかけで離れてしまうのは、当然である。

 しかし、中には小さな会社なのに、部下たちが「うちの社長は立派な人だ。きっとこの会社を大きくするだろう」と信じて、そこから離れない場合もある。

その人の持つ人間的な魅力が、人を集め、人を育てるのである。

 思った通りに人を動かすことができるような人は、単なる口先だけの人間ではない。人間としての器が大きく徳のある人である。また、自分の利益ばかりを求めず、心から従業員を大切にし、その力となることのできる人でもある。

 

◎人を動かすためには。

度量の大きい人間になれ。

 人が、ある人物を信頼し、ついていこうとするには、その人物に強く惹かれるところがあればこそ、である。

 例えば、レストランで皿洗いの従業員が、皿を1枚割ってしまったとき、「良かった。ケガがなくて本当に良かった」という経営者と、その反対に「皿を割って損害をかけたな」という態度を露骨に示す経営者が、現実にいる。

 人の上に立つ人間が、下の人間のことを考えないならば、いずれは人が離れていくものである。

 

ケチになり過ぎるな。

 ムダ使いは良くないし、また上に立つ者として、倹約の心がけは必要である。

しかし、出すべきときに、そのお金まで惜しむようでは、人はついてこない。

倹約は良いが、守銭奴であってはいけない。必要なお金は、喜んで使うことが大切である。

 

<まとめ>

相手の立場にもなって考えることが、自分にも良い結果をもたらす。

 

「情けは人の為ならず」の意味
「人に情けをかけると、結局は自立心を奪うなどでその人のためにならない」
「人にした親切は巡り巡って自分に良い報いとして返ってくるため親切にしなさい」

 

 

・多数を従えて指導者となるには?

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