今でもママは、その男を憎くからず思っている。

 その男がママのクラブへやって来たのは、年も押し迫った11月下旬のことだった。夜8時に出勤したとき、その男はすでに一番奥のボックス席に座っており、早出勤の4人の女性をはべらせ、楽しそうに話をしていた。

 マネージャーに聞くと一見の客だという。

 男の様子を伺うべくママも同席した。

「なんだか随分楽しそうなお話ね」

「あのね、ママ。こちらさんS村から来たんですって」

「あら、あの道東の?」

「そう漁協に勤めてるんですって」と小柄だが顔立ちの涼しいバイトの幸子が口早に、その男に代わって答えた。

 ママがS村と言っただけで他の3人のスタッフがうつむいて、声を出さずに笑った。「あら、何がおかしいの?」とママはその男と4人のホステスの顔をぐるりと見回した。

「あの、こちらさん、漁協の方で・・・」

 別のホステスが同じことを説明したとき、幸子がその子を制して、ちょっとまじめな表情で言った。

S村にはホタテ御殿というのがあるんですって・・・」

「それがすごいんですって」

またさっきの子が口を挟んだ。それだけの会話で4人の女性が大きな声で笑い出した。

 

 話はこうだ。

 S村はホタテ漁で生き返り、10年程前から道東、いや道北一の町になり活況を呈しているらしい。

 漁業権を手放した者は、別の町でコンビニ店の深夜勤務をしたりして苦労しているが、残った者は豊漁続きで、豪邸を建てている人が多いという。

「それがママ凄いの。おばーちゃんの仏壇が2Fにあるからって、自宅の中にエレベーターを設置したお家もあるんだって」

 そこでまた4人のホステスが大笑いした。

 そして1人1人が、わざとまじめそうな口調で、その男から今聞いたばかりの話を矢継ぎ早にしゃべり出した。

「奥さんたちの使う化粧品が、どこの家も同じなんですって」

「暖炉の上にかかっている絵もシャンデリアも同じなの」

 

 つまり、セールスマンが同一人物で、お隣はコレがあるとあおって、押し売りしているらしい。「お隣が温室を作ったらその隣はもっと大きいのを作るんだって」4人は代わるがわりにその男から聞いた話を「面白いでしょう」といった表情でママに伝えている。

 地元の運動会で寄付を個別に集めようと訪ねたら最初の1軒で目標額が集まってしまった話。

 漁協に新卒で入社したばかりの女子が地方のデパートで買い物をしていたら、あまりに所持金が多くて警備員に捕まったが、「S村漁業に勤務している」と答えたら納得したという話。

 次から次へとホステスは笑いをこらえながら喋っていた。

 

 夜8時を過ぎるとになると「やー、ひどい雨だわ」と口々に言いながら2組の客が入って来た。

それを機に、ママはちょっと席を立ち、遅番出勤の女性たちの手配をマネージャーに指示し、常連の一組に挨拶を終えて、その男の席に戻ったとき、会話は食べ物の話に変わっていた。席に残っていた幸子が、その場にいた。

「じゃ、もうカニやホタテなんて食べ飽きたでしょ?」

その男はうなづきながらタバコに火をつけた。

「うらやましい話よね、幸ちゃん」その時、男はちょっと背を椅子から離し、前屈みになりながら言った。

「そうだ、ママ。仲間の奴らが車で毛ガ二を持って来てるんだわ」

「あら、どこに?」

「この近くの駐車場」

「売り物でしょ?」と幸子。

「うん。でもいいよ、1匹持って来てやるよ」

そんなやりとりを聞いて「ただじゃ悪いから買いますよ」とママが言った。

「何匹?」「そうね、5匹ぐらい」

「いいよ」「おいくら?」

「うーん、大きいからさ、6匹で3万円でいいわ」話がまとまり、男が席を立ちながら、「ママ、ここの店、初めてで場所がわからないから、幸ちゃん連れて行っていいかい?」

ママは幸子に3万円を渡した。

 30分過ぎても2人は戻らなかった。

 ママは不安になり、マネージャーに様子を見てくるように指示をした。

 5分もしないうちにマネージャーは幸子と一緒に帰ってきた。

 

ここからの話が、どうにもママには理解ができなかった。

 男と幸子はエレベーターで1Fに降りたが、外はどしゃぶりの雨。

幸子が上へ行って傘を持って来ると言ったが、男は「いや、いいよ。ここから近いから走って取って来るわ」と言い、幸子から3万円を受け取って雨の中へ飛び出して行ったらしい。

 そして、30分を過ぎても戻ってこないというのだ。

 お人好しのママは幸子が名刺を渡していないから帰る場所がわからないんじゃないかといい、マネージャーは「騙されたんですよ」と冷たく言った。

 幸子は何がなんだか分からずただ下を向き「すいません、私、弁償します」と小さい声で言った。

 ママは、男が雨の中、毛ガニを6匹抱えてネオンの中をキョロキョロさまよっている姿を思い浮かべていた。

 あの日から1カ月経ったが、男から何の連絡もなかった。それでもママは、いつか男が毛ガニを抱えて「迷っちゃって」と言いながら店に入ってくる姿を想像していた。

「だって、私を騙した------前の男より可愛いもの」とママは思ったが口には出さなかった。

 

ネオンに輝く 北海道最大の歓楽街 「すすきの」

2024.04.30 撮影

 

ススキノラフィラ跡地 「COCONO SUSUKINO」 は、

2023年11月30日にオープンしました!

2024.04.30 撮影

 

2024.05.02 撮影