やっぱりね、自分で 自分の頭で考えなきゃダメなのよ
ダメとかって使うとネガティヴ表現なのかもしれないけど(笑)
それでも敢えて、今回は使っちゃう
あのね
どんなに高級で、どんなに丁寧なつくりの、すばらしいデザインの靴があったとする.
どんなにすばらしいものでも自分の足や体格に合わなかったら、ちっともすばらしくないんだ.
でもその靴しか足に合わない人であれば、すばらしいもの.すばらしいものを見つけると、つい、人にもオススメしたくなる.
「この靴、本当によかったよ!
歩きやすくて疲れない.痛くなることないし」
その人の足と自分の足がぴったり同じなら試してみるかもね.
ちょっと似てるとしたら、そのときも試してみるかもね.
でもね全然違う足だったらそんなこと微塵も考えない.
どんなに人格者で、どんなにステキな人から勧められてもね.
靴に足を合わせるんじゃなくて、足に合った靴を見つけるしかない.
(実際、ワタシの足は幅狭,甲低 の上、足関節がユルユルな足のため日本人では少数派.合った靴を見つけるのは大変)
自分を研究して、自分に合ったものはなんなのか、どれなのか、自分にしか分かんないのよ.
考えて、試して、考えて、試して
考える過程の中で、仲間の意見を聞いたりして考える材料を仕入れたりもする.
偏ってないかな?
バランス取れているかな?
俯瞰しているかな?
誰かのせいにしてないかな?
自分研究できてるかな?
自分を知らずして願うことはできない.
本当の願いが分かっていないのに、願いの現実化は難しい.
現状に不満があるならば、それがどうしてなのかをしっかり向き合って見つめなきゃね.
さて、一方で、ワタシはこの方法を採用しているからといって、他の人に合っているかというと 正直わからないわけなのよ
そんなわけで
ワタシはこんな方法を採用していますよ.
こんなやり方がありますよ.
ってことをお伝えすることはできる
ワタシもワタシの学びと課題に取り組んでいるわけで、それは現実のもので、すごく成長してきたことを実感していて、その過程に信頼があって.
現実で起こったことなら、間違いなく起こったことなので(笑)、お伝えすることはできます.
たぶん、ワタシはその過程が自身への信頼を深めることができるんだと思うんだ.
この方法にピンときた人たちと一緒に高めていきたい
深めていきたい


深めていきたい

それを考えたら、なんだかニヤニヤしちゃう


