メッセージは…
不安を感じたならば、本当に不安と対峙していますか?
怒りを感じたならば、本当に怒りと対峙していますか?
というものでした
やはり感情を通じて「ワタシ」という人物がどういう人物なのかを知ることしかないのですわ、最終的には
この件についても、きーちゃんとディスカッションしました
中途半端な感じ方,向き合い方をしてしまう理由の一つに、「ネガティヴな感情はいけない」という刷り込みがあります
だから感じることをすっ飛ばして中途半端に内観をしちゃうこと
ある意味「いい子ぶりっ子」をしてしまうんです
宇宙の法則で「出来事は最善」で「自身の学び・成長のため」という知識を知っているから
中途半端な感情の感じ方
中途半端ないい子ぶりっ子
をしちゃうと、ますます「自分がなんののか」分からない迷子になってしまう
なんなのかが分からなければ、何をやりたいかも、何が好きなのかも、何が得意なのかも分からんのですよ
他者がやっていてステキなことしてるなぁって思っても、自分がやりたいこと,得意なこと,できることとは違うのですよ。
ステキなその人のコピーになりたいわけではなく、ワタシ オリジナルを探らないと意味がないわけなのですよ
羨んでもいいよ、
ステキなことをしている人を
でも、そのコピーになりたいのですか?
違うよね、違うはずなんだよ
大まかにこんな意味のようです
不安と とことん向き合うって、具体的にどうすりゃいいのか、確かに曖昧というか、分かりにくいかもしれないけど…。文章にするのも難しいし…
これは体験していくことで落とし込まれていくのだね
体験して、体験して、体験して、散々体験したら、もうーっ結構です!その体験はお腹いっぱいです!
って、なるんだわね