人は、  
“目立つ人間”を見ているようで、  
本当は、  
その人を通して、  
自分の価値を測っている。

◆

文化祭まで、  
あと三日。

教室は完全に、  
祭り前の空気になっていた。

ペンキ。  
段ボール。  
笑い声。  
TikTok撮影。  
クラスLINE。

「もっとバズりそうにしようぜ!」  
「映え足りなくない?」  
「それインスタ載せる?」

騒がしい。

でも。

朝比奈悠には、  
少し異様に見えていた。

皆、  
楽しそうなのに疲れている。

笑顔なのに、  
常に“見られること”を気にしている。

◆

「朝比奈ー!」

森山健吾が、  
スマホを持って走ってくる。

「見ろこれ!」

画面。

そこには、  
クラスメイトの女子・西野アヤの動画。

文化祭準備風景。  
笑顔。  
ダンス。  
加工。

再生数、十万超え。

「やばくね!?」  
「もう半分インフルエンサーじゃん」

教室が盛り上がる。

西野アヤは、  
少し照れながら笑っていた。

ショートボブ。  
派手すぎないメイク。  
クラス上位の人気女子。

でも。

悠には見えてしまった。

彼女の周囲に広がる、  
大量の感情ノイズ。

『もっと見て』  
『落ちたくない』  
『嫌われたくない』  
『数字減らないで』

黒い糸が、  
スマホ画面から空へ伸びていた。

◆

「……朝比奈くん?」

橘ひかりが小さく聞く。

「また、  
 なんか見えてる?」

悠は小さく頷く。

ひかりは少し黙る。

そして。

「最近さ」

「みんな、  
 ずっと誰かに見られてる感じしない?」

悠の心臓が跳ねる。

「……ひかりも?」

「うん」

窓際。  
秋風。

ひかりはスマホを見る。

SNS通知。  
既読。  
DM。  
フォロワー数。

「なんか、  
 昔より疲れる」

「投稿した後とか、  
 すごい気になるし」

「誰が見たとか、  
 誰が反応ないとか」

その声には、  
リアルな疲労が混じっていた。

◆

昼休み。  
中庭。

文化祭実行委員の集まり。

そこに、  
白石ミナの姿があった。

「……え?」

悠が止まる。

ミナが、  
普通にクラス女子と話している。

しかも、  
少し笑っていた。

「ミナって、  
 委員とかやるんだ」

「私だって、  
 一応高校生だから」

珍しく、  
少し柔らかい声。

その時。

女子達が盛り上がる。

「ミナちゃん、めっちゃ雰囲気あるよね!」  
「SNSやったら絶対人気出る!」  
「わかる!」

その瞬間。

悠だけが見た。

ミナの周囲へ、  
黒い糸が伸びかける。

だが。

ブツン。

切れた。

◆

悠が目を見開く。

「……え?」

普通の人間は、  
皆繋がっている。

怒り。  
承認欲求。  
依存。  
不安。

感情が、  
空へ吸われている。

でも。

ミナだけ違う。

“繋がらない”。

◆

放課後。  
教室。

西野アヤの周囲に、  
人だかりができていた。

「ねえ次これ撮ろ!」  
「アヤ、センターやって!」  
「バズるって!」

笑顔。  
歓声。  
スマホ。  
ライト。

だが。

悠の視界には。

彼女の背後に、  
巨大な黒い影が見えていた。

以前より、  
遥かに濃い。

ニタァ……。

『承認依存接続、  
 安定化』

『感情回収効率、  
 上昇』

悠の背筋が冷える。

その時。

西野アヤの笑顔が、  
一瞬だけ止まった。

◆

「……え?」

彼女が、  
スマホ画面を見る。

そこには、  
大量の通知。

でも。

次の瞬間。

彼女の顔色が変わった。

「……なにこれ」

周囲がざわつく。

「どうした?」  
「アンチ?」

画面。

そこには。

大量のコメント。

『作り笑いきつ』  
『性格悪そう』  
『承認欲求モンスター』  
『消えろ』  
『痛い』

西野アヤの呼吸が止まる。

「ちが……」

指が震える。

さっきまで、  
皆に囲まれていたのに。

たった数分で、  
空気が変わる。

◆

悠の耳へ、  
大量のノイズが流れ込む。

『落ちろ』  
『もっと炎上しろ』  
『自分より上が許せない』  
『苦しめ』

感情。  
嫉妬。  
比較。  
群衆心理。

その全てが、  
黒い糸になって、  
空へ吸われていく。

そして。

空の奥で。

巨大な“目”が、  
ゆっくり瞬いた。

◆

その時。

ミナが小さく呟く。

「始まってる」

「……何が」

ミナは、  
騒然とする教室を見る。

「“感情の収穫方法”が、  
 変わった」

風が吹く。

文化祭ポスターが揺れる。

そして静かに言った。

「前は、  
 恐怖だけだった」

「でも今は違う」

「承認欲求そのものを、  
 使い始めてる」

悠の胸が、  
嫌な音を立てた。

教室では。

西野アヤが、  
泣きながらスマホを閉じていた。