人は、  
“みんなと同じ”  
でいられると安心する。

でも。  
本当に苦しいのは、  
“同じふり”をし続けることだったりする。

◆

翌日。

朝比奈悠は、  
朝から頭痛がしていた。

教室へ向かう足が重い。

校門をくぐった瞬間から、  
ノイズが聞こえる。

『学校だるい』  
『今日も笑わなきゃ』  
『嫌われたくない』  
『比較されるの疲れた』

無数の感情。  
見えない悲鳴。

悠は無意識に耳を押さえた。

すると。

すれ違った女子生徒が、  
ヒソッと呟く。

「……朝比奈くん、  
 最近ちょっと怖くない?」

『関わらない方がいいかも』

その本音まで聞こえてしまう。

胸が少し痛んだ。

◆

教室へ入る。

一瞬だけ、  
空気が静まる。

でもみんな、  
すぐ何事もなかったように振る舞う。

それが逆につらい。

悠は席へ座った。

すると。

「おはよ」

橘ひかりが笑う。

明るい声。  
優しい笑顔。

でも。  
その奥にある、  
不安の波紋も見えてしまう。

『昨日、  
 嫌われたかな』

『また避けられたらどうしよう』

悠は苦しくなる。

人の本音が分かるほど、  
普通に接するのが難しくなる。

「……おはよう」

なんとか返す。

ひかりは少し安心したように笑った。

その笑顔が、  
逆に胸へ刺さった。

◆

授業開始。

教室。  
黒板。  
教師の声。

なのに。  
悠は内容が頭へ入らない。

ノイズが多すぎる。

『眠い』  
『帰りたい』  
『将来不安』  
『好きな人にLINE返ってこない』

クラス全員の感情が、  
頭の中へ流れ込んでくる。

限界だった。

「……っ」

悠の呼吸が浅くなる。

すると。

黒板の文字が、  
一瞬だけ歪んだ。

『従順な個体を育成中』

ゾワッ。

悠が目を見開く。

次の瞬間。

教室全体が、  
別の空間へ重なった。

全員の机。  
全員同じ向き。  
同じ制服。  
同じ動き。

まるで。  
巨大な工場。

『比較』  
『競争』  
『序列化』  
『適応訓練』

低い機械音が響く。

悠の身体が震えた。

「なんなんだよ……」

思わず声が漏れる。

「朝比奈?」

担任の森田健司がこちらを見る。

クラス中の視線。

『まただ』  
『やっぱ変』  
『空気悪くなる』

ノイズ。  
視線。

息苦しい。

「……すみません」

悠は俯く。

普通にしたい。  
なのにできない。

世界とのズレが、  
どんどん大きくなっていく。

◆

昼休み。

悠は一人で屋上へ逃げた。

冷たい風。  
雪混じりの空。

やっと静かになれる。

そう思った瞬間。

ブゥゥゥゥン――。

低い振動音。

空が揺れる。

悠が見上げる。

巨大な黒い輪。

その周囲で、  
無数の感情波紋が渦巻いていた。

怒り。  
孤独。  
欲望。  
嫉妬。

全部、  
空へ吸われていく。

『感情循環、  
 正常』

『個体疲弊、  
 継続』

機械みたいな声。

悠はフェンスを握る。

「なんでこんなこと……」

その時。

「朝比奈くん」

静かな声。

振り返ると――  
白石ミナが立っていた。

風で髪が揺れる。

彼女だけは、  
どこか世界のノイズから外れて見えた。

「……やっぱり来た」

ミナが空を見る。

「え?」

「そろそろ、  
 本格的に始まるかもしれない」

悠の胸がざわつく。

「何が」

ミナはゆっくり答えた。

「“選別”」