
恋は、
人を救う。
でも。
孤独から始まる恋は、
時々、
人を壊す。
◆
雪が降っていた。
放課後の校舎。
教室には、
悠とひかりだけ。
なのに。
空気は重かった。
さっき振り払ってしまった、
橘ひかりの手。
その感触が、
まだ悠の手に残っている。
『やっぱり私なんか……』
彼女の孤独が、
ノイズみたいに胸へ刺さる。
「……ごめん」
悠がようやく言葉を絞り出す。
「違うんだ」
「え?」
「俺、
最近ちょっと変で……」
ひかりは少し黙ったあと、
無理に笑った。
「それは前からじゃない?」
軽い冗談。
でも。
その奥に、
傷ついた感情が見えてしまう。
悠は胸が苦しくなった。
◆
「朝比奈くんってさ」
ひかりが静かに言う。
「なんか、
ずっと遠く見てるよね」
「……え?」
「ここにいるのに、
ここにいない感じ」
悠は言葉を失う。
図星だった。
最近ずっと、
世界へ現実感がない。
学校。
友達。
日常。
全部、
薄い膜越しみたいだった。
「私ね」
ひかりが窓の外を見る。
「たまに怖いんだ」
「みんな、
本当に幸せなのかなって」
雪。
灰色の空。
静かな教室。
「SNSとか見てても、
みんな楽しそうなのに」
「なんか、
無理してる感じするし」
「恋愛も、
友達も、
全部」
その瞬間。
悠には見えてしまった。
教室の壁一面へ、
無数の“感情波紋”。
『認めて』
『愛して』
『置いていかないで』
世界中の孤独が、
積み重なっている。
まるで。
巨大な飢餓みたいに。
◆
ブゥゥゥゥン――。
また、
あの低い振動音。
窓ガラスが揺れる。
悠が空を見る。
巨大な黒い輪。
その中心で、
無数の目が開いていた。
ギョロリ。
『感情循環、安定』
『恋愛依存、正常』
『孤独増幅、継続』
機械みたいな声。
その瞬間。
悠の頭へ、
大量の映像が流れ込む。
◆
スマホを見る人々。
比較。
嫉妬。
承認欲求。
“いいね”。
恋愛アプリ。
浮気。
依存。
孤独。
別れ。
結婚。
離婚。
泣いている人々。
笑顔を作る人々。
そして。
その感情すべてが、
空の黒い輪へ吸い込まれていく。
『感情資源、
回収中』
「――ッ!!」
悠が頭を押さえる。
「朝比奈くん!?」
ひかりが支える。
その瞬間。
悠には見えた。
彼女の胸の奥。
小さな光。
温かい。
でも。
その周囲へ、
黒いノイズが絡みついている。
『愛されなきゃ』
『一人は怖い』
『価値がほしい』
悠の目が揺れる。
違う。
これはひかりだけじゃない。
みんなそうだ。
自分も。
世界中が、
孤独で繋がっている。
◆
「……分かったかもしれない」
悠が震える声で呟く。
「え?」
「このノイズの正体……」
ひかりが不安そうに見る。
悠は空を見上げた。
巨大な黒い輪。
無数の目。
回転する空。
「みんな、
不安なんだ」
「え……?」
「愛されたいし、
認められたいし、
一人が怖い」
「だから、
ずっと感情を消費し続ける」
悠の声が震える。
「怒ったり、
比較したり、
依存したり、
傷つけ合ったり」
「その感情を、
“何か”が使ってる」
教室が静まり返る。
ひかりは理解できない顔をしていた。
当然だった。
でも。
その瞬間。
ひかりが突然、
空を見上げる。
「……え?」
悠の心臓が跳ねる。
「どうしたの」
ひかりの瞳が震えていた。
「今、
空……動かなかった?」
沈黙。
雪。
そして。
黒い輪が、
ゆっくり回転していた。
『接触者増加を確認』
『観測範囲、
拡大開始』
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