恋は、  
人を救う。

でも。  
孤独から始まる恋は、  
時々、  
人を壊す。



雪が降っていた。

放課後の校舎。  
教室には、  
悠とひかりだけ。

なのに。  
空気は重かった。

さっき振り払ってしまった、  
橘ひかりの手。

その感触が、  
まだ悠の手に残っている。

『やっぱり私なんか……』

彼女の孤独が、  
ノイズみたいに胸へ刺さる。

「……ごめん」

悠がようやく言葉を絞り出す。

「違うんだ」

「え?」

「俺、  
 最近ちょっと変で……」

ひかりは少し黙ったあと、  
無理に笑った。

「それは前からじゃない?」

軽い冗談。

でも。  
その奥に、  
傷ついた感情が見えてしまう。

悠は胸が苦しくなった。



「朝比奈くんってさ」

ひかりが静かに言う。

「なんか、  
 ずっと遠く見てるよね」

「……え?」

「ここにいるのに、  
 ここにいない感じ」

悠は言葉を失う。  
図星だった。

最近ずっと、  
世界へ現実感がない。

学校。  
友達。  
日常。

全部、  
薄い膜越しみたいだった。

「私ね」

ひかりが窓の外を見る。

「たまに怖いんだ」

「みんな、  
 本当に幸せなのかなって」

雪。  
灰色の空。  
静かな教室。

「SNSとか見てても、  
 みんな楽しそうなのに」

「なんか、  
 無理してる感じするし」

「恋愛も、  
 友達も、  
 全部」

その瞬間。

悠には見えてしまった。

教室の壁一面へ、  
無数の“感情波紋”。

『認めて』  
『愛して』  
『置いていかないで』

世界中の孤独が、  
積み重なっている。

まるで。  
巨大な飢餓みたいに。



ブゥゥゥゥン――。

また、  
あの低い振動音。

窓ガラスが揺れる。

悠が空を見る。

巨大な黒い輪。  
その中心で、  
無数の目が開いていた。

ギョロリ。

『感情循環、安定』  
『恋愛依存、正常』  
『孤独増幅、継続』

機械みたいな声。

その瞬間。

悠の頭へ、  
大量の映像が流れ込む。



スマホを見る人々。  
比較。  
嫉妬。  
承認欲求。

“いいね”。  
恋愛アプリ。  
浮気。  
依存。

孤独。  
別れ。  
結婚。  
離婚。

泣いている人々。  
笑顔を作る人々。

そして。

その感情すべてが、  
空の黒い輪へ吸い込まれていく。

『感情資源、  
 回収中』

「――ッ!!」

悠が頭を押さえる。

「朝比奈くん!?」

ひかりが支える。

その瞬間。

悠には見えた。

彼女の胸の奥。  
小さな光。

温かい。  
でも。

その周囲へ、  
黒いノイズが絡みついている。

『愛されなきゃ』  
『一人は怖い』  
『価値がほしい』

悠の目が揺れる。

違う。  
これはひかりだけじゃない。

みんなそうだ。  
自分も。

世界中が、  
孤独で繋がっている。



「……分かったかもしれない」

悠が震える声で呟く。

「え?」

「このノイズの正体……」

ひかりが不安そうに見る。

悠は空を見上げた。

巨大な黒い輪。  
無数の目。  
回転する空。

「みんな、  
 不安なんだ」

「え……?」

「愛されたいし、  
 認められたいし、  
 一人が怖い」

「だから、  
 ずっと感情を消費し続ける」

悠の声が震える。

「怒ったり、  
 比較したり、  
 依存したり、  
 傷つけ合ったり」

「その感情を、  
 “何か”が使ってる」

教室が静まり返る。

ひかりは理解できない顔をしていた。  
当然だった。

でも。

その瞬間。

ひかりが突然、  
空を見上げる。

「……え?」

悠の心臓が跳ねる。

「どうしたの」

ひかりの瞳が震えていた。

「今、  
 空……動かなかった?」

沈黙。  
雪。

そして。

黒い輪が、  
ゆっくり回転していた。

『接触者増加を確認』  
『観測範囲、  
 拡大開始』

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